♪♪====♪♪♪♪=お問い合わせ=♪♪♪♪====♪♪
岡田和穂(おかだかずほ):空の音色〜ヴァイオリン教室
私 岡田のプロフィールは、サイドバー上部の「プロフィール」欄を
ご覧ください。
連絡先
:メールは、こちら「メッセージを送る」をお使いください。岡田に直接つながります。
電話
:一旦メールを頂きましたら、ご返信にてお伝えさせていただきます。(非通知設定の 電話は受話致しませんので、ご了承下さい。)
住所
:「三ケ日教室」浜松市北区三ケ日町鵺代
電車天竜浜名湖線「奥浜名湖」駅下車徒歩
尚、浜松教室は、浜松から車でお越しの場合は、
三ケ日インターからは10分、
高速を使われない場合は、三方原から30分。
豊橋方面からは、多米峠から20分。
豊川インターからは、本坂峠を経由し20分。
詳 細はこちらもご覧下さい。
◆名古屋市内自宅(東山線本山駅徒歩1分)にて、「名古屋教室」も開講しております。浜松教室同様こちらから、お問合せ下さいませ。◆
ホームパーティー、披露宴、記念式典、などでの演奏も賜っております。
詳細は♪演奏のご案内♪をご覧下さい。
・ちょっと自宅で演奏してほしいのだけれど、
・予算内で何かしてもらえるかしら?、
・どんな曲でも 弾いてもらえますか?、
・ピアノがない場所でも何か弾いてもらえますか?など、
初めてのことで、なにもわからない、という方も安心して
気 になることがあれば、ご遠慮なく、お名前、ご予算、演奏希望日程を、おおよそで構いませんのでフォームにご記入の上、
即
ご相談メールを下さいませ。
演奏歴20年クラスの音楽家の繋がりを持っておりますので、
演奏者に 直接依頼できます分、お安い価格で賜れます。
ご予算に応じ、お客様の願いを形にするための
的確な「演奏とプログラミング」はもちろんのこ と、
全てお任せ下されば長年の経験をもって
準備段階から会場スタッフの方とも連携し、場にふさわしい、
素敵な演奏をお約束致します。
また、◆企画コンサートのご相談、◆演奏会のチラシデリバリー、
◆リサイタルなどのスタッフ業務ご相談も、是非どうぞ!
岡田和穂(おかだかずほ):空の音色〜ヴァイオリン教室
私 岡田のプロフィールは、サイドバー上部の「プロフィール」欄を
ご覧ください。
連絡先
:メールは、こちら「メッセージを送る」をお使いください。岡田に直接つながります。電話
:一旦メールを頂きましたら、ご返信にてお伝えさせていただきます。(非通知設定の 電話は受話致しませんので、ご了承下さい。)住所
:「三ケ日教室」浜松市北区三ケ日町鵺代電車天竜浜名湖線「奥浜名湖」駅下車徒歩
尚、浜松教室は、浜松から車でお越しの場合は、
三ケ日インターからは10分、
高速を使われない場合は、三方原から30分。
豊橋方面からは、多米峠から20分。
豊川インターからは、本坂峠を経由し20分。
詳 細はこちらもご覧下さい。
◆名古屋市内自宅(東山線本山駅徒歩1分)にて、「名古屋教室」も開講しております。浜松教室同様こちらから、お問合せ下さいませ。◆
ホームパーティー、披露宴、記念式典、などでの演奏も賜っております。
詳細は♪演奏のご案内♪をご覧下さい。
・ちょっと自宅で演奏してほしいのだけれど、
・予算内で何かしてもらえるかしら?、
・どんな曲でも 弾いてもらえますか?、
・ピアノがない場所でも何か弾いてもらえますか?など、
初めてのことで、なにもわからない、という方も安心して
気 になることがあれば、ご遠慮なく、お名前、ご予算、演奏希望日程を、おおよそで構いませんのでフォームにご記入の上、
即
ご相談メールを下さいませ。演奏歴20年クラスの音楽家の繋がりを持っておりますので、
演奏者に 直接依頼できます分、お安い価格で賜れます。
ご予算に応じ、お客様の願いを形にするための
的確な「演奏とプログラミング」はもちろんのこ と、
全てお任せ下されば長年の経験をもって
準備段階から会場スタッフの方とも連携し、場にふさわしい、
素敵な演奏をお約束致します。
また、◆企画コンサートのご相談、◆演奏会のチラシデリバリー、
◆リサイタルなどのスタッフ業務ご相談も、是非どうぞ!
2012年01月18日
135.故、玉木宏樹氏へ寄せて
みなさん、こんばんは。
今日は、一昨日、旦那さんと非常に落胆した
玉木宏樹さんの訃報について、
お知らせと共に 拙いブログですが
彼を偲んで、ひとつ記事を書こうかな、と思います。
このブログに、長く 書こう書こうと思いつつ
書かなかったテーマでもあります。
それは、“純正律”というもの。
けれど、ブログにちゃっちゃと書けるほど、簡単な話にまとめることは
私じゃ出来ない。。。↓
昨年4月に、町田直樹氏にピアノの調律に来て頂き
それと同時に 講座を開いたのですが、
その講座のテーマも、まさしく その純正律と
他方 平均律、 あるいは古典調律 というものの
それぞれの違いと紹介、ともいえる内容でした。
純正律は、私にとっても、大事なテーマです。
それは、ヴァイオリンが、造音程楽器だからですし、
人の生理的な面をフォローできずして
音楽は出来ないと私が思っているからです。
では、その
純正律とは?平均律とは?…と
この言葉を初めて聴いた、という方も多いと思うので
無理を承知でザクっと両者を簡略に以下。(簡略、といっても案外長い。;)
明治期に、ヨーロッパの工業化に伴い ピアノが大量生産されるようになり
同時に、日本は明治維新で
それは 当時、邦楽しかなかった日本に、大量の西洋音楽の情報と共に
ピアノやバイエルが届いた時代でもありました。
この時、大量生産されたピアノの出荷に
非常に役立った調律が、「平均律」であり、
それは、現代にも連綿と引き継がれ
今も学校、家庭で、 調律師さんに
調律をお願いします、とだけ依頼すれば
必ず仕上げてくれる「ドレミファソラシド」の音の幅のことです。
平均律、というだけあり
ドとレ、レとミ、ファとソ、ソとラ、ラとシ の全音は同じ幅です。
また、半音の ミとファ、シとドも、全音の半分に
同じ幅に揃えて作ってあります。
揃っている、というのは とても合理的なような気がします。
…が、
実は、美しい、ということには 必ずしもならないのです。
(そういうことは、他にもよくみられる事象ですが)
さて、美しくない、ということはすなわち
濁っている、ハモっていない、ということになります。。。笑;
そう、平均律のピアノは、1オクターブ以外は
実はなんと ぜーんぶ狂った、音痴な楽器なのです。
哀しいかな。。。
(だから、うちの教室では ピアノを叩いてそれを基準に音程を取って貰う、ということを敢えてしていません。生徒の皆さん、お気づきでしたか?)
この ハモらない、という現実は
鍵盤やフレットのある全ての楽器、
また予め12音全部をチューニングしておかなくてはならない楽器 の
宿命、というわけです。
というのも、純正律にチューニングし演奏する、ということが
現実的にそれらの楽器では不可能だからなのです。
また、仮にやったとしても、ロマン派以降の転調の多い曲では
それぞれの調にチューニングしたピアノを何台も何台も用意しなくてはなりませんから(笑)
そんなこと、無理ですよね。。。
(コンピューターなら可能ですが、アコースティックでは無理)
では、そういう制約の無い楽器はどうなのか。
はい、鍵盤とフレットがなく、12音を平均に調律しておく楽器でなければ、
ハモることが出来ます。
例えばヴァイオリンを含む弦楽器、然り。
管楽器群、然り。
打楽器もティンパニーなら、然り。
そしてもちろん、歌もまた、然り。
これらの楽器の集まる形態で、ピアノが無いのに、平均律で演奏するなど
私には、非常に困難なことだとすら 思えます。。。
ハモらない音楽を奏でる、というのは 生理的な感性を完全に無視し、
非常にメカニカルな技術に依ってしか不可能だからです。
(例えば平均律を、チューナーを使って 丹念に練習し、耳で習得するのはかなり苦痛な作業です。)
さて、これ以上書こうとすると
話をもっと専門的な言葉も使いながら
詳細にしていかねばならず、
こんなブログでは手に負えません。
しかし、ここまで読んで下さったみなさんは
じゃあ、うちのピアノ、
弦楽器や歌とハモるにはどうしたらいいの?という結論を
欲しているんじゃないかと思います。
答えは、残念ながら ありません。
ピアノとやれば、ピアノに合わせるしかないのです。
それが嫌なら、ピアノ抜きのアンサンブルで
滔々とハモる音楽を奏でるだけです。
合唱然り、オケ然り、ブラス然り、弦カル然り。
が、ピアノも、逃げ道はいくつかあります。
バッハの時代から 悩みの種だった
この鍵盤楽器の音階の幅、
沢山の研究者が もっとも 妥協できる方法、
というのを永年探し続けてきていました。
それが、現在 ”古典調律”と呼ばれているものです。
それらを使えば、ヴァイオリンとの相性も 随分と良くなります。
古典調律には何種類かあります。
有名な処で、ベルクマイスター、ミーントーン、キルンベルガーetc
それらのベースとなっているのが、純正律やピュタゴラス音律というもの。
つまり、全てがハモる、あるいは、歌って美しい、という
“理想の音階”です。
ヨーロッパでは、先程お話した
ピアノの大量生産がかなうまでは、純正律の困難を鍵盤楽器が払拭するためには
この “古典調律” が一般的でした。
そして、今でも 彼らの耳は
ピアノの音程第一義、ではなく、
ハモる音程かどうか、が第一義です。
平均律で全ての音楽のカタをつけてしまうような、そんな野暮な指向は、基本的にはありません。
(だから、だとも思うのですが、彼らは日本人よりずっとハモリに敏感ですし、
従って、馬鹿馬鹿しい類の…音当てクイズ的…絶対音感神話など 抱いていません。
和声なくして音楽は無い、というのが クラシック音楽~洋楽の世界ですから。。。)
さて、さて、さて。。。
こんな話を、ですね
わたしごときが ここでするよりも、
ずっとずっとよく解っていて
実地に採り入れ、
演奏から作曲から ホントに音楽にまつわるさまざまなことを
マイペースに(笑)、
しかし 私達の代わりに考え、こまめに紹介して下さっていたのが、
玉木宏樹さんだったと思うのです。。。
玉木宏樹さんの業績、といえば
うちの生徒さんにはほぼ全員にしてもらっている
セヴシック、、、
あれが、皆とても辛そうで…音符が小さいし、音程も難しくて、単調…↓
なんとか、その前段階、前振りのいい教材はないかね???
というところで、みつけたのは
やはり玉木さんの「革命的ヴァイオリン入門教本byDuo」でした。
昨秋から、結局子供の生徒さんたちはみんな、これを始めました。
「おじいちゃんがさ、1、2、って言うんだよ(笑)」と 子供たち。
「いやいや、あのおじいちゃんは、凄い人なんだよ~。
おじいちゃんだけど、パソコンだってツィッターだって、なんでもしちゃう
すっごいヴァイオリンの上手なおじいちゃんだから、
おじいちゃんなんて呼んだら、絶対怒るよ~(笑)」
「え、じゃあ、なんて呼んだらいいの?」
「おじちゃま、かなぁ。。。ん~、でも君たちなら おじいちゃま、で許してくれると思うよ。笑」
一人で黙々とこなさなくてはならない 辛い基礎練習を、
彼らが 玉木さんの声とその優しい音色で、どれほど救われていることか、
そして、どれほど 辛い基礎練が楽しめるものに変わったことか。。。
これを、彼に直接 伝えておけなかったのが、私の小さな後悔、ひとつめ。
同シリーズの「革命的音階練習」、
これも、なかなか使い勝手の深い本で
使用者の実力次第で、内容の深みにはまるかどうか、が
左右されつつも
理論が解らなくても、とにかくやれ!、コレが何なのかぐらい自分で考えてみろ!的な
彼らしい、実用・実践的な場面に強い奏者、を目指した教則本だと思います。
私個人としては、あの中の4度の分散スケールや
全音階を扱った後半が特に有意義で気に入っています。
カール・フレッシュのスケール・システムには、4度がないですからね…♪
それに、あれをやると、彼の言う処の「膠(にかわ)みたいになった手」が
すぐに「ヴァイオリン弾きの手」に戻ります。
サボった後、朝、なんか、とても有効です。笑
そして、この本の面白さは、フィンガリング(指使い・運指)がないこと。
つまり、自分で考えろ、であると同時に、ヴァイオリン以外の楽器でも使えるということ。。。
教会旋法を徹底的に生かしたテキストなので、クラシックの基礎のキであり
もっといけば、ジャズのチャーチ・スケールそのものなわけで…。
なので、こんなに洒落た伴奏まで作って動画に投稿して下さる方も居ます。
いろんな楽しみ方が潜んだ 素晴らしいテキストだと思う所以です。
最近の著書では、贋作盗作を扱った「贋作盗作夜話」 も
とても内容が濃いのに 軽い語り口の一冊で、面白かったですし。
(バッハのメヌエット、はバッハ作じゃなく 実はペッツォルトって人の曲なんです、みたいな話。)
玉木さんは、沢山の曲を知っている人でした。
クラシックの演奏家や作曲家だからと言って、皆が皆、多くの曲を知っているというものでもなく
中には自分の楽器の楽曲を練習の合間にフォローするだけで精一杯、という人だって沢山いるのは、わたしが周囲なり自分なりを見てきてその現実は、よく知っています。(笑)
玉木さんは、ブログの中でもよく 面白そうな曲を 何気ないタイミングで聴いていました。
彼の興味というのは、政治や社会にも いつも向いていて
けれどそれは、ネット社会にすらもありがちな 偏っているかも、と疑うような大々的な情報ではなく
ちょっと、外野から漏れ出ているような、けれど大事なんじゃない?と思うような情報が多くて。。。笑
ツィッターやブログの ほんの短い記事の中に、その視野の広さと、ものごとを見る時の直勘の鋭さを いつも感じました。
そんな彼の楽曲聴取歴を垣間見れる、面白い本です。
マイナーな曲が山ほど出てきますが、クラシックの初心者こそ
案外こんなところから入る手もあるのではないか、とも思います。
彼の感性を頼りに、いずれ、結局はクラシックの核心に迫ることに繋がるのではないかと。
時には真っ向からアカデミズムに対抗する、こんな本もあったり。
…でも、わたしは全くこの本には共感しています。
純正律については、数冊 出版されています。
彼らしい、ちょっと 強い口調で、なんだか蹴飛ばされてるみたいな(笑)
元気な本たちです。
でも、彼がそれだけ日本の音楽の現状を真剣に憂いていた、という表れだと感じます。
いかに、一般の人たちに それをわかりやすく伝えようと努めていたか。。。
純正律の講習会も、いずれ 玉木さんに来ていただこう、と私もそのつもりでした。
これが間に合わなかったのが、二つ目の、後悔。
知らない人は、それ宗教? などとトンデモなレスポンスなこともある
純正律ですが、
それも以上、軽くお話したとおりの内容で
間違っても、宗教ではなく(笑)
音楽を奏でるにあたっては、平均律しか知りません、では
全く済まない、
それも、音楽の専門家以外の人に
もっともっと知っていてもらうべきことだと思うのです。
純正律が仮に宗教なら(笑)、平均律も立派に宗教で、
むしろ、日本はその“平均律宗”に、完膚なきまで支配されてしまっているので
自分の宗教に気づいていない、くらいの感じかもしれません。
そんな現状を打破せんと?、彼が作った「純正律音楽研究会」。
そして、彼のホームページ。
掲示板から ブログ「玉木宏樹の日記的雑記帖」、彼の作った純正律による演奏CD、雑誌「ストリングス」での記事の数々、…
晩年の彼のもっとも時間とエネルギーを注いだものが、
また、永年 彼が演奏家・作曲家・そして人間として、最も気にしていたことが、
純正律、という処に集結しているのだろうな…と つくづく思います。
純正律の効果は深く、
人間の」生理的な面に直接影響してしまうもので、
健康な人間はもちろんのこと
老人ホームや、末期医療などの現場でも
もっとシリアスに、真剣に近付き、
現実的に採用するべき価値を持っているものです。
これについて、もっと玉木さんと 直截つっこんだ話をしてみたかった。。。
これが、わたしの三つ目の後悔。
(玉木宏樹さんが親しくしていらっしゃったドクター福田六花さんが
医療面との関わりでは特にお詳しいと聞いています。福田六花さんの1月12日のブログ記事)
私個人的には、今の旦那さんと、私が、本当の意味で出会えたのも
この「純正律」というキーワードでした。
そう、玉木宏樹氏も、そして、調律師の町田直樹氏との出会いも、そうです。
純正律というキーワードが、色んな繋がりを 確かに、与えてくれました。
不思議なことです…。
玉木宏樹さん。。。「大江戸捜査網」のテーマ作曲から 「森のくまさん」の発掘紹介に 純正律研究会まで…
なんとまぁ、幅広い音楽ジャンルとの その生き様。。。
玉木さん、あちらの世界で 楽しく綺麗な音楽につつまれて
幸せなライブと酒盛りと、今は亡き作曲家演奏家たちと毒舌評論バトルをして下さい。
私はそのうち、この三つの後悔を、別の形で何とかします…。 合掌
今日は、一昨日、旦那さんと非常に落胆した
玉木宏樹さんの訃報について、
お知らせと共に 拙いブログですが
彼を偲んで、ひとつ記事を書こうかな、と思います。
このブログに、長く 書こう書こうと思いつつ
書かなかったテーマでもあります。
それは、“純正律”というもの。
けれど、ブログにちゃっちゃと書けるほど、簡単な話にまとめることは
私じゃ出来ない。。。↓
昨年4月に、町田直樹氏にピアノの調律に来て頂き
それと同時に 講座を開いたのですが、
その講座のテーマも、まさしく その純正律と
他方 平均律、 あるいは古典調律 というものの
それぞれの違いと紹介、ともいえる内容でした。
純正律は、私にとっても、大事なテーマです。
それは、ヴァイオリンが、造音程楽器だからですし、
人の生理的な面をフォローできずして
音楽は出来ないと私が思っているからです。
では、その
純正律とは?平均律とは?…と
この言葉を初めて聴いた、という方も多いと思うので
無理を承知でザクっと両者を簡略に以下。(簡略、といっても案外長い。;)
明治期に、ヨーロッパの工業化に伴い ピアノが大量生産されるようになり
同時に、日本は明治維新で
それは 当時、邦楽しかなかった日本に、大量の西洋音楽の情報と共に
ピアノやバイエルが届いた時代でもありました。
この時、大量生産されたピアノの出荷に
非常に役立った調律が、「平均律」であり、
それは、現代にも連綿と引き継がれ
今も学校、家庭で、 調律師さんに
調律をお願いします、とだけ依頼すれば
必ず仕上げてくれる「ドレミファソラシド」の音の幅のことです。
平均律、というだけあり
ドとレ、レとミ、ファとソ、ソとラ、ラとシ の全音は同じ幅です。
また、半音の ミとファ、シとドも、全音の半分に
同じ幅に揃えて作ってあります。
揃っている、というのは とても合理的なような気がします。
…が、
実は、美しい、ということには 必ずしもならないのです。
(そういうことは、他にもよくみられる事象ですが)
さて、美しくない、ということはすなわち
濁っている、ハモっていない、ということになります。。。笑;
そう、平均律のピアノは、1オクターブ以外は
実はなんと ぜーんぶ狂った、音痴な楽器なのです。
哀しいかな。。。
(だから、うちの教室では ピアノを叩いてそれを基準に音程を取って貰う、ということを敢えてしていません。生徒の皆さん、お気づきでしたか?)
この ハモらない、という現実は
鍵盤やフレットのある全ての楽器、
また予め12音全部をチューニングしておかなくてはならない楽器 の
宿命、というわけです。
というのも、純正律にチューニングし演奏する、ということが
現実的にそれらの楽器では不可能だからなのです。
また、仮にやったとしても、ロマン派以降の転調の多い曲では
それぞれの調にチューニングしたピアノを何台も何台も用意しなくてはなりませんから(笑)
そんなこと、無理ですよね。。。
(コンピューターなら可能ですが、アコースティックでは無理)
では、そういう制約の無い楽器はどうなのか。
はい、鍵盤とフレットがなく、12音を平均に調律しておく楽器でなければ、
ハモることが出来ます。
例えばヴァイオリンを含む弦楽器、然り。
管楽器群、然り。
打楽器もティンパニーなら、然り。
そしてもちろん、歌もまた、然り。
これらの楽器の集まる形態で、ピアノが無いのに、平均律で演奏するなど
私には、非常に困難なことだとすら 思えます。。。
ハモらない音楽を奏でる、というのは 生理的な感性を完全に無視し、
非常にメカニカルな技術に依ってしか不可能だからです。
(例えば平均律を、チューナーを使って 丹念に練習し、耳で習得するのはかなり苦痛な作業です。)
さて、これ以上書こうとすると
話をもっと専門的な言葉も使いながら
詳細にしていかねばならず、
こんなブログでは手に負えません。
しかし、ここまで読んで下さったみなさんは
じゃあ、うちのピアノ、
弦楽器や歌とハモるにはどうしたらいいの?という結論を
欲しているんじゃないかと思います。
答えは、残念ながら ありません。
ピアノとやれば、ピアノに合わせるしかないのです。
それが嫌なら、ピアノ抜きのアンサンブルで
滔々とハモる音楽を奏でるだけです。
合唱然り、オケ然り、ブラス然り、弦カル然り。
が、ピアノも、逃げ道はいくつかあります。
バッハの時代から 悩みの種だった
この鍵盤楽器の音階の幅、
沢山の研究者が もっとも 妥協できる方法、
というのを永年探し続けてきていました。
それが、現在 ”古典調律”と呼ばれているものです。
それらを使えば、ヴァイオリンとの相性も 随分と良くなります。
古典調律には何種類かあります。
有名な処で、ベルクマイスター、ミーントーン、キルンベルガーetc
それらのベースとなっているのが、純正律やピュタゴラス音律というもの。
つまり、全てがハモる、あるいは、歌って美しい、という
“理想の音階”です。
ヨーロッパでは、先程お話した
ピアノの大量生産がかなうまでは、純正律の困難を鍵盤楽器が払拭するためには
この “古典調律” が一般的でした。
そして、今でも 彼らの耳は
ピアノの音程第一義、ではなく、
ハモる音程かどうか、が第一義です。
平均律で全ての音楽のカタをつけてしまうような、そんな野暮な指向は、基本的にはありません。
(だから、だとも思うのですが、彼らは日本人よりずっとハモリに敏感ですし、
従って、馬鹿馬鹿しい類の…音当てクイズ的…絶対音感神話など 抱いていません。
和声なくして音楽は無い、というのが クラシック音楽~洋楽の世界ですから。。。)
さて、さて、さて。。。
こんな話を、ですね
わたしごときが ここでするよりも、
ずっとずっとよく解っていて
実地に採り入れ、
演奏から作曲から ホントに音楽にまつわるさまざまなことを
マイペースに(笑)、
しかし 私達の代わりに考え、こまめに紹介して下さっていたのが、
玉木宏樹さんだったと思うのです。。。
玉木宏樹さんの業績、といえば
うちの生徒さんにはほぼ全員にしてもらっている
セヴシック、、、
あれが、皆とても辛そうで…音符が小さいし、音程も難しくて、単調…↓
なんとか、その前段階、前振りのいい教材はないかね???
というところで、みつけたのは
やはり玉木さんの「革命的ヴァイオリン入門教本byDuo」でした。
昨秋から、結局子供の生徒さんたちはみんな、これを始めました。
「おじいちゃんがさ、1、2、って言うんだよ(笑)」と 子供たち。
「いやいや、あのおじいちゃんは、凄い人なんだよ~。
おじいちゃんだけど、パソコンだってツィッターだって、なんでもしちゃう
すっごいヴァイオリンの上手なおじいちゃんだから、
おじいちゃんなんて呼んだら、絶対怒るよ~(笑)」
「え、じゃあ、なんて呼んだらいいの?」
「おじちゃま、かなぁ。。。ん~、でも君たちなら おじいちゃま、で許してくれると思うよ。笑」
一人で黙々とこなさなくてはならない 辛い基礎練習を、
彼らが 玉木さんの声とその優しい音色で、どれほど救われていることか、
そして、どれほど 辛い基礎練が楽しめるものに変わったことか。。。
これを、彼に直接 伝えておけなかったのが、私の小さな後悔、ひとつめ。
同シリーズの「革命的音階練習」、
これも、なかなか使い勝手の深い本で
使用者の実力次第で、内容の深みにはまるかどうか、が
左右されつつも
理論が解らなくても、とにかくやれ!、コレが何なのかぐらい自分で考えてみろ!的な
彼らしい、実用・実践的な場面に強い奏者、を目指した教則本だと思います。
私個人としては、あの中の4度の分散スケールや
全音階を扱った後半が特に有意義で気に入っています。
カール・フレッシュのスケール・システムには、4度がないですからね…♪
それに、あれをやると、彼の言う処の「膠(にかわ)みたいになった手」が
すぐに「ヴァイオリン弾きの手」に戻ります。
サボった後、朝、なんか、とても有効です。笑
そして、この本の面白さは、フィンガリング(指使い・運指)がないこと。
つまり、自分で考えろ、であると同時に、ヴァイオリン以外の楽器でも使えるということ。。。
教会旋法を徹底的に生かしたテキストなので、クラシックの基礎のキであり
もっといけば、ジャズのチャーチ・スケールそのものなわけで…。
なので、こんなに洒落た伴奏まで作って動画に投稿して下さる方も居ます。
いろんな楽しみ方が潜んだ 素晴らしいテキストだと思う所以です。
最近の著書では、贋作盗作を扱った「贋作盗作夜話」 も
とても内容が濃いのに 軽い語り口の一冊で、面白かったですし。
(バッハのメヌエット、はバッハ作じゃなく 実はペッツォルトって人の曲なんです、みたいな話。)
玉木さんは、沢山の曲を知っている人でした。
クラシックの演奏家や作曲家だからと言って、皆が皆、多くの曲を知っているというものでもなく
中には自分の楽器の楽曲を練習の合間にフォローするだけで精一杯、という人だって沢山いるのは、わたしが周囲なり自分なりを見てきてその現実は、よく知っています。(笑)
玉木さんは、ブログの中でもよく 面白そうな曲を 何気ないタイミングで聴いていました。
彼の興味というのは、政治や社会にも いつも向いていて
けれどそれは、ネット社会にすらもありがちな 偏っているかも、と疑うような大々的な情報ではなく
ちょっと、外野から漏れ出ているような、けれど大事なんじゃない?と思うような情報が多くて。。。笑
ツィッターやブログの ほんの短い記事の中に、その視野の広さと、ものごとを見る時の直勘の鋭さを いつも感じました。
そんな彼の楽曲聴取歴を垣間見れる、面白い本です。
マイナーな曲が山ほど出てきますが、クラシックの初心者こそ
案外こんなところから入る手もあるのではないか、とも思います。
彼の感性を頼りに、いずれ、結局はクラシックの核心に迫ることに繋がるのではないかと。
時には真っ向からアカデミズムに対抗する、こんな本もあったり。
…でも、わたしは全くこの本には共感しています。
純正律については、数冊 出版されています。
彼らしい、ちょっと 強い口調で、なんだか蹴飛ばされてるみたいな(笑)
元気な本たちです。
でも、彼がそれだけ日本の音楽の現状を真剣に憂いていた、という表れだと感じます。
いかに、一般の人たちに それをわかりやすく伝えようと努めていたか。。。
純正律の講習会も、いずれ 玉木さんに来ていただこう、と私もそのつもりでした。
これが間に合わなかったのが、二つ目の、後悔。
知らない人は、それ宗教? などとトンデモなレスポンスなこともある
純正律ですが、
それも以上、軽くお話したとおりの内容で
間違っても、宗教ではなく(笑)
音楽を奏でるにあたっては、平均律しか知りません、では
全く済まない、
それも、音楽の専門家以外の人に
もっともっと知っていてもらうべきことだと思うのです。
純正律が仮に宗教なら(笑)、平均律も立派に宗教で、
むしろ、日本はその“平均律宗”に、完膚なきまで支配されてしまっているので
自分の宗教に気づいていない、くらいの感じかもしれません。
そんな現状を打破せんと?、彼が作った「純正律音楽研究会」。
そして、彼のホームページ。
掲示板から ブログ「玉木宏樹の日記的雑記帖」、彼の作った純正律による演奏CD、雑誌「ストリングス」での記事の数々、…
晩年の彼のもっとも時間とエネルギーを注いだものが、
また、永年 彼が演奏家・作曲家・そして人間として、最も気にしていたことが、
純正律、という処に集結しているのだろうな…と つくづく思います。
純正律の効果は深く、
人間の」生理的な面に直接影響してしまうもので、
健康な人間はもちろんのこと
老人ホームや、末期医療などの現場でも
もっとシリアスに、真剣に近付き、
現実的に採用するべき価値を持っているものです。
これについて、もっと玉木さんと 直截つっこんだ話をしてみたかった。。。
これが、わたしの三つ目の後悔。
(玉木宏樹さんが親しくしていらっしゃったドクター福田六花さんが
医療面との関わりでは特にお詳しいと聞いています。福田六花さんの1月12日のブログ記事)
私個人的には、今の旦那さんと、私が、本当の意味で出会えたのも
この「純正律」というキーワードでした。
そう、玉木宏樹氏も、そして、調律師の町田直樹氏との出会いも、そうです。
純正律というキーワードが、色んな繋がりを 確かに、与えてくれました。
不思議なことです…。
玉木宏樹さん。。。「大江戸捜査網」のテーマ作曲から 「森のくまさん」の発掘紹介に 純正律研究会まで…
なんとまぁ、幅広い音楽ジャンルとの その生き様。。。
玉木さん、あちらの世界で 楽しく綺麗な音楽につつまれて
幸せなライブと酒盛りと、今は亡き作曲家演奏家たちと毒舌評論バトルをして下さい。
私はそのうち、この三つの後悔を、別の形で何とかします…。 合掌
2012年01月02日
134.2012謹賀新年♪
あけまして おめでとうございます 
昨年中は ありがとうございました。
本年も、どうぞよろしく お願い致します
さて、年明けと、ほぼ同時に 例年の如く
わたしの歳も増えまして、本日43歳となりました。
新年の記憶に、毎年のお正月+誕生日ポートレート。

一年ごとに、このポートレートが、もっともっと
いい顔になっていくといいなぁ、と思いながら、今年の顔。笑
昨年は教室運営も本格的になりはじめ、
また同時に、一昨年の肩の怪我の後遺症などもあり、
自分の練習時間と、レッスンや業務に関る時間、のバランスを
うまく見出せず、少々比重をレッスン寄りにしがちにして過ごしていましたが、
こののんびりしたペースを愛しつつ?付き合って下さった皆様のお陰で
私自身は日々 楽しく充実した時間の連続でしたし、
素晴らしい人たちにも、たくさん巡りあうことが出来ました。
またそのお陰で、
従来から抱えていた様々な自分の苦手な点、問題点の洗い出しと
それに対する改善対策案などを より具体的に考えるべきだな、という意識も強まり、
今年は、自分にとって そうして出てきた対策案を試していける年であり、
更に充実した教室運営と、自分の実力向上を図っていこう…
と思っています。
どうぞ宜しくお願い致します

さて、今日はそんなわけで、
私のお誕生日「一日カズ・デー」(笑)、ということで、浜松駅あたりまで
旦那さんとドライブに行ってきました。
この日が誕生日だと、飲食店を探すのも一苦労なので
いっそ、街中に出ちゃったほうが 確実なんです。
風は強かったけれど、とても空が綺麗で、気持ちのいい一日

イタリアンでランチして、それから
チョーカーと、髪飾りを 旦那さんからプレゼントしてもらいました。
毎年、クリスマスにお正月に誕生日、と冬イベント3連発に偏る自分、
旦那さんも「いつもプレゼントが防寒具になっちゃうよね…」と今回悩んでくれたので 今年は趣向を変えて。笑

緑のクローバーは、いつでも幸せ、の標(しるし)として 私の好きな意匠。
髪飾りは、ちょっとオリエントな、薄紫色。
色んな色が好きだけれど、白とコバルトブルーと紫は、中でも好きな色。
そして、鮮やかすぎず、少しだけくすんだ深い色目が、尚好き。
嬉しいなぁ。。。


それから、コーヒーとケーキ。

この嬉しそうな顔、、、笑;
いつまでたっても、ちゃんと大人になれていないのかも。。。

でも、それも 最近は自分の個性だと思うことにしています。
隠す必要も無いし、隠したところで自分がキツイだけというものだろうし、
些少な損得勘定をしたところで、何になるとも もう思うこともなくなったし、
音楽をしてしまえば、結局すべてが、隠しようも損得も無いことだし…笑
人と人との関係、人間関係から生まれる環境って、
自分自身を映し出した鏡そのものなんじゃないかと
この頃つとに、思うことが多いので、
自分の自分たる何か、を認めて生かしていこうとすることは、むしろ
自分と周りの人たちが 同時に幸せであることの チケットになる、のかもしれないな…
と、思ったりしています。
誰かのために何かをしなくちゃ、と、あまりに硬くマジメに真剣に考えていくと
辛くなったり、行き詰ったり、ひどいと 他に八つ当たりしたり、…
知らず、無理な自分への過剰な負荷が、精神的なストレスとなって
しまいには悪い形になって現れてしまうことすらあるけれど、
そういうのではなく
生きているだけで、普通に、誰もが 誰かのためになっている、というのが
一番自然で、理想的な姿じゃないか…と思ったり。
人って、やっぱり 自分には、うそはつけない生き物だと思うのです。。。
そして、生きていられる、というだけで、実はとても凄いことなんじゃないか、とも。
だから
夢や憧れはもちろんあっていいと思うけれど
ある程度の年齢になったら、自分の持っているものを
もっと真剣に、大切にしなきゃいけなくなるような気がしています。
それが、結果的に誰かのため、になるなら そういうやり方がいいな、と思うし
実は、そういうものなんじゃないのかなぁ、、、と。
ま、そんなわけで(どんなわけだ?笑)
今年も マイペースな先生であり、プレイヤーであると思います。
拙い43歳ではありますが、
今年も精一杯、もっともっと核に近づく自分自身でいたいと思います。
どうぞ宜しくお願い致します。。。m(_ _)m


昨日今日は、日の出の写真がたくさんあると思うので、
ちょっとヒネって?、佐鳴湖に沈む夕日。
風の強さに波が立っていて
冬にそびえる植物たちの黒いシルエットが、強くて美しかった。
ただ 穏やか、という夕日じゃないけれど、凛々しい冬の美しさを
風の冷たさと色に感じたし、
同時に、日の入りが少しづつ遅くなっていることにも
毎日ほんの少しずつだけど、確実な歩みで
地球が回り、
暦が巡り、
春に近づいていることも、不思議とリアルに感じて
それが、美しいと思った。
今日も、幸せないい一日でした。
今年も、わたしと わたしの周りのあらゆる ひと、もの…すべてが
幸せで在りますように。

2011年12月29日
133.今年の発表会の目標
早いもので、もう年末。
そして、冬休みも既に 半分終わりましたね。
新年のレッスンにむけて、そして
3月のコンサートにむけて、
みなさんの進捗度は如何ですか?
ここ二日ほどの間に、ほぼ皆さんが曲目を決められ、
譜読みの作業に入ろうとしている頃だと思います。
新年に効果的なレッスンを受けるためにも、
そしてなにより、後から 無駄なやり直しをしないためにも
この記事を読んでから、
効果的な、正しい譜読みをして欲しいと思います。
初めがカンジン
その前にまず、発表会…サロンコンサートの内容・主旨について、
生徒の皆さんに向けて、今日は少し書こうと思います。
わたしのこの「空の音色」での催しや発表会、この前やったクリスマス会…
おそらく将来的な全てのイベントについても、いえることなのですが、
「弾くだけではなく、聴いてもらえるものを差し出す」
ということを忘れないようにしたいと 想っているのです。
発表会、って、いったい 何なのでしょうか。。。
肝試し?、練習の成果を聞いてもらう?、、、
その辺りがよくある回答ではないかなぁ、と思うのですが、如何でしょうか?
実際、従来型の発表会では、生徒さん達の父兄の皆さんも
自分の子供の出番が終われば、帰ってしまったり
子供たちはホールを出て遊びに出ていってしまったり、
そんなケースもよく見かける光景だったと思います。
でも…、それは 聴いても面白くない演奏だから、というのが
一番大きな理由だったのではないかな、とわたしは思うのです。
面白くない演奏など、我慢して聴く人はいません。
プロの演奏会なら、金を返せ、と言われることだって、あり得ます。
わたしの教室の皆さんには、そんな
聴かせる価値のない演奏、を 一切 して欲しくありません。
自分の肝試し、に終始してほしくありません。
どんなに拙くても、音楽は、聴かせるもの だと思うからです。
これはわたしの非常に個人的な思いなのですが、
音楽というのは、奏者にとっては 自己満足の世界の結果であることに、間違いないと思います。
でも、それは、それだけなのでしょうか?
自己満足の出来映えなど、べつに聴いてくれる人は必要ない、とは
実は言いきれないのが 奏者の「本音」なのではないかと思うのです。
描かれた絵は、誰かに見られるべきものとして 存在が初めて生まれるのだし
書かれた詩は、誰かに読まれ聞くべきものとして 発音された時に存在が生まれ、
そして、音楽も、 やはりそうだと思うのです。
ただ、自分だけが楽しめれればいいの、一人で弾ければいいの、という言葉には
そうした本音を 実は隠しているニュアンスがあるような気がしてなりません。
難しくて大変だから、聞いて欲しい人は特に無いから、人前が苦手だから、、、、
色々な台詞が続きますが
意地悪いほどに それを自分の内に帰していけば
それらは全て、言い訳だったと いつか気付くような気がします。
どうせヘタだから一人で弾ければいい。。。
それは、自分が練習していないことを 体よく言い訳しているだけの、
自分に対して恥ずかしい言葉かもしれません…。
もしそうして、仮に 自分だけが聴くのだ、と言っても
その時点で、自分という ともすれば最も厳しいリスナーが存在しているわけですし(笑)
やはり、音楽は 誰かに聴かれるべくして奏でられる存在、と考えるべきなんじゃないかと想うのです。。。
さて、そんなことを想いつつ、 3月は…「発表会」ではありますが、
個人的に出ては弾いて終わり、というだけの「弾くだけ」の催しではなく、
やはり、そうした「聴く人」の存在に対し、
「聴けるものを提供する」という考えも、同時に 学び続けて欲しい、と思っています。
聴く人のことを考えて大切に演奏する、ということは、
音楽というものの存在の 要の部分だと思うからです。
もちろん、あと70日…通算多くみて10回程度のレッスンで
しかも、みなさん どちらかというと難易度の高い曲を、積極的に選んでみえたので(^^;)
それを「他者が聴ける」程度の音楽に仕上げるのは
とてもたいへんなことだと思います。
が、チャレンジしようと思ったその心意気は とても大事なものなので
それをばねに使って、ガンと飛躍して欲しいと思っています。
そうやって、ちょっと苦しい思いをしながら、
…なんでこんな難しい曲を選んじゃったんだろう…なんて後悔もしつつ?笑
練習に練習を重ねた 苦しい70日の後に、
互いがどれだけ この機会に飛翔出来たか…を聴きあう。
会場、ピアニスト、どれも出来る限り本格的なスタイルの中で
皆それぞれが最上のプログラムとして選び、
苦労して作り上げた 素敵な演奏を提供しあいつつ、
当日を全員で楽しめるなら、
本当に 聴いても楽しい一日になるのではないか、と わたしは期待しています。
さて、もう一点、
わたしが今回みなさんに チャンレンジして欲しいと思っていることがあります。
それは、共演のピアニストとなるべく音楽的な繋がりを感じてもらい、
共演者が居ることの素晴らしさと大変さを
あらゆる面から理解してほしい、ということです。
…ヴァイオリン弾きというのは、ソリストと呼ばれはしても、わたし一人、ぼく一人で弾くことでは
「ステージ」というものが成り立たないし、
作曲者もそんなことを考えてヴァイオリン曲を書いてはいない、という事を
しっかり体感してもらえるようにしたい、と。
(なので、わたしはあえて「伴奏者」という言葉を使うつもりがありません。⇒参考記事)
どんなことでもそうですが、ある意味、一人でやった方が楽、というのは
確かに 事実です。
そしてまた、同じくらい 誰かとやった方がより素晴らしいものが出来やすい、
これもまた 事実です。
しかし、その中間点に、…誰かと何かをするというのは、
いい意味で1+1=10 になることがあるけれど
悪く影響しあうと1+1=マイナス10くらいに なることもある、という
これもまた、事実ですね。笑
では、どうやって、1+1をプラス10や100にしたらいいのか。
…それには、最低限、それなりの 準備と練習が必要です。
最低限楽譜に書いてあることが正確にやれて、プラス2、
より互いが努力して プラス10、
更に、気持ちがあうと プラス50、
お客さんがわくわくするほど楽しめる雰囲気が生まれて、プラス100、
という感じでしょう。
さて、如何でしょうか。
自分の都合のよいように弾く、なんてことじゃ 今回はダメなのね、というのは
判って頂けたと思います。笑
いえいえ、今回だけではありませんよ、
ヴァイオリンを弾く限り、ほぼ必ず、誰かと共演する必要があるのですから。
ヴァイオリンとは、そういう楽器なのです。
でも、孤独にいつでも1+0=1以上にしようと一人で闘うより、
ずっとハッピーな事件が起きる可能性のある楽器、
ということでもあります。
では、“最低限、それなりの 準備と練習”とは、何なのか。。。
それこそが、今回みなさんに 徹底してやって頂きたいと思っていることです。
①一番最初の譜読みを「きちんと丁寧に“楽譜どおり”すること」
…テンポを落としていいので、最初から、楽譜に書いてある情報(音の強弱、音の長さ、 テヌート、スタッカート、弓の上げ下げ記号、正しい音程、書いてある指使い、などなど…)を、全て、拾いながら弾いて下さい。
くれぐれも、最初なんだしどうせ上手くいかないから、左手がなんとなくそれらしく動けばいいや、なんとなくそれらしい音が繋がっていればいいや、という気持ちで、譜読みを始めないでください。
もちろん、美しい音作りの基礎であるボウイングを、絶対的に毎回チェックしながら、ですよ。
最初が肝心です。特に今回のように時間があまり無い場合こそ、ここで、6割決まると考えて下さい。
②ピアノ譜を、練習時間以外のときに、読む。楽器が無くても出来る、非常に重要な練習です。
自分の弾く部分と、ピアニストが、どんなふうに 絡んでいるのか、たくさんの発見を自分で見つけて下さい。コツは、楽譜(ピアノスコア)をまず、絵のように眺めることです。同じ個所、違う箇所、色々な動きが連動してあるはずです。可能な人は、この時に和声もピアノを叩きながら確認してください。
③歌曲を弾く人は、原語で 暗譜。鼻歌のように歌えるくらい、歌いこんで下さい。
ヴァイオリンは、歌うような楽器、なのですから。まして 歌詞のある曲を弾く場合は絶対に必要な練習です。
④ソナタを弾く人はもちろん、小品を弾く人も、最低限の曲の構造を把握するよう、これまたピアノ譜を凝視してください。最重要ヒントは調性、そしてピアノの一番下の低音声部の動き、の二つです。楽典をやってことのない、という大人の生徒さんは、これをチャンスに是非 参考書を買って学習して下さい。アナリーゼ無しのソナタやシンフォニーは、あり得ません。わからない人は、積極的にレッスンで質問して下さい。
さて、いやぁ、こりゃ たいへんなことだ!と、目が覚めた人もいるかも。笑
そうです、誰かに聴いてもらう、というのは そういうことをして 初めて可能になります。
西洋の音楽を練習する、ということは 基礎練や楽曲を 一人で体力づくりのように励むことばかりではないのです。
むしろ、それ以外のことの方が、最後は大事になってきます。
つまり、自分の頭を使って自分なりに音楽を再構築する という作業です。
楽譜には、本当に色々な情報が書かれていますが
それを全てやった処で
全員が同じ演奏にならないのは、何故なのか、ということでもあります。
さぁ、これらをなんとかして、1月中にクリアしますよ。いいですか?!
ピアニストに楽譜をお渡しする時点で、みなさんには全員、
自分の演奏に関するアナリーゼの結論や
迷っている点などを、自分の手で、全部ピアノスコアに書き込んでもらいます。
大事なだいじな、ピアニストへの お手紙になるのです。
これで、“最低限、それなりの 準備と練習”の8割が ほぼ完了です。
あとは、決めたとおりに ようやく 弾きこむことが出来ます。
それが残りの2割です。
どうですか?皆さんは、終わりの2割が練習なのだと、勘違いしていませんでしたか?
さぁ、わたしも 大変です。
生徒さん全員に、毎度の基礎チェック、アナリーゼ、を70日でやりとげねばなりません。
右手がまだ不安定な生徒さん…いっぱいますね(笑)、
何とかして これをチャンスに 自分に食らいついて下さい。
スカスカのボウイングで出来るような曲は一曲もありませんし、
そんなサウンドは、誰も聴きたくありません。
いいですか?
まずは、去年と同じ 基礎の定着。
そして、今回覚えることは、
ピアニストの共演とは 一体どういうことなのか、
誰かに聴いてもらえるものを作るとは、どういうことなのか、
という2点です。
佳い年明けを迎えるべく、今、確実丁寧に頑張って下さい
そして、冬休みも既に 半分終わりましたね。
新年のレッスンにむけて、そして
3月のコンサートにむけて、
みなさんの進捗度は如何ですか?
ここ二日ほどの間に、ほぼ皆さんが曲目を決められ、
譜読みの作業に入ろうとしている頃だと思います。
新年に効果的なレッスンを受けるためにも、
そしてなにより、後から 無駄なやり直しをしないためにも
この記事を読んでから、
効果的な、正しい譜読みをして欲しいと思います。
初めがカンジン

その前にまず、発表会…サロンコンサートの内容・主旨について、
生徒の皆さんに向けて、今日は少し書こうと思います。
わたしのこの「空の音色」での催しや発表会、この前やったクリスマス会…
おそらく将来的な全てのイベントについても、いえることなのですが、
「弾くだけではなく、聴いてもらえるものを差し出す」
ということを忘れないようにしたいと 想っているのです。
発表会、って、いったい 何なのでしょうか。。。
肝試し?、練習の成果を聞いてもらう?、、、
その辺りがよくある回答ではないかなぁ、と思うのですが、如何でしょうか?
実際、従来型の発表会では、生徒さん達の父兄の皆さんも
自分の子供の出番が終われば、帰ってしまったり
子供たちはホールを出て遊びに出ていってしまったり、
そんなケースもよく見かける光景だったと思います。
でも…、それは 聴いても面白くない演奏だから、というのが
一番大きな理由だったのではないかな、とわたしは思うのです。
面白くない演奏など、我慢して聴く人はいません。
プロの演奏会なら、金を返せ、と言われることだって、あり得ます。
わたしの教室の皆さんには、そんな
聴かせる価値のない演奏、を 一切 して欲しくありません。
自分の肝試し、に終始してほしくありません。
どんなに拙くても、音楽は、聴かせるもの だと思うからです。
これはわたしの非常に個人的な思いなのですが、
音楽というのは、奏者にとっては 自己満足の世界の結果であることに、間違いないと思います。
でも、それは、それだけなのでしょうか?
自己満足の出来映えなど、べつに聴いてくれる人は必要ない、とは
実は言いきれないのが 奏者の「本音」なのではないかと思うのです。
描かれた絵は、誰かに見られるべきものとして 存在が初めて生まれるのだし
書かれた詩は、誰かに読まれ聞くべきものとして 発音された時に存在が生まれ、
そして、音楽も、 やはりそうだと思うのです。
ただ、自分だけが楽しめれればいいの、一人で弾ければいいの、という言葉には
そうした本音を 実は隠しているニュアンスがあるような気がしてなりません。
難しくて大変だから、聞いて欲しい人は特に無いから、人前が苦手だから、、、、
色々な台詞が続きますが
意地悪いほどに それを自分の内に帰していけば
それらは全て、言い訳だったと いつか気付くような気がします。
どうせヘタだから一人で弾ければいい。。。
それは、自分が練習していないことを 体よく言い訳しているだけの、
自分に対して恥ずかしい言葉かもしれません…。
もしそうして、仮に 自分だけが聴くのだ、と言っても
その時点で、自分という ともすれば最も厳しいリスナーが存在しているわけですし(笑)
やはり、音楽は 誰かに聴かれるべくして奏でられる存在、と考えるべきなんじゃないかと想うのです。。。
さて、そんなことを想いつつ、 3月は…「発表会」ではありますが、
個人的に出ては弾いて終わり、というだけの「弾くだけ」の催しではなく、
やはり、そうした「聴く人」の存在に対し、
「聴けるものを提供する」という考えも、同時に 学び続けて欲しい、と思っています。
聴く人のことを考えて大切に演奏する、ということは、
音楽というものの存在の 要の部分だと思うからです。
もちろん、あと70日…通算多くみて10回程度のレッスンで
しかも、みなさん どちらかというと難易度の高い曲を、積極的に選んでみえたので(^^;)
それを「他者が聴ける」程度の音楽に仕上げるのは
とてもたいへんなことだと思います。
が、チャレンジしようと思ったその心意気は とても大事なものなので
それをばねに使って、ガンと飛躍して欲しいと思っています。
そうやって、ちょっと苦しい思いをしながら、
…なんでこんな難しい曲を選んじゃったんだろう…なんて後悔もしつつ?笑
練習に練習を重ねた 苦しい70日の後に、
互いがどれだけ この機会に飛翔出来たか…を聴きあう。
会場、ピアニスト、どれも出来る限り本格的なスタイルの中で
皆それぞれが最上のプログラムとして選び、
苦労して作り上げた 素敵な演奏を提供しあいつつ、
当日を全員で楽しめるなら、
本当に 聴いても楽しい一日になるのではないか、と わたしは期待しています。
さて、もう一点、
わたしが今回みなさんに チャンレンジして欲しいと思っていることがあります。
それは、共演のピアニストとなるべく音楽的な繋がりを感じてもらい、
共演者が居ることの素晴らしさと大変さを
あらゆる面から理解してほしい、ということです。
…ヴァイオリン弾きというのは、ソリストと呼ばれはしても、わたし一人、ぼく一人で弾くことでは
「ステージ」というものが成り立たないし、
作曲者もそんなことを考えてヴァイオリン曲を書いてはいない、という事を
しっかり体感してもらえるようにしたい、と。
(なので、わたしはあえて「伴奏者」という言葉を使うつもりがありません。⇒参考記事)
どんなことでもそうですが、ある意味、一人でやった方が楽、というのは
確かに 事実です。
そしてまた、同じくらい 誰かとやった方がより素晴らしいものが出来やすい、
これもまた 事実です。
しかし、その中間点に、…誰かと何かをするというのは、
いい意味で1+1=10 になることがあるけれど
悪く影響しあうと1+1=マイナス10くらいに なることもある、という
これもまた、事実ですね。笑
では、どうやって、1+1をプラス10や100にしたらいいのか。
…それには、最低限、それなりの 準備と練習が必要です。
最低限楽譜に書いてあることが正確にやれて、プラス2、
より互いが努力して プラス10、
更に、気持ちがあうと プラス50、
お客さんがわくわくするほど楽しめる雰囲気が生まれて、プラス100、
という感じでしょう。
さて、如何でしょうか。
自分の都合のよいように弾く、なんてことじゃ 今回はダメなのね、というのは
判って頂けたと思います。笑
いえいえ、今回だけではありませんよ、
ヴァイオリンを弾く限り、ほぼ必ず、誰かと共演する必要があるのですから。
ヴァイオリンとは、そういう楽器なのです。
でも、孤独にいつでも1+0=1以上にしようと一人で闘うより、
ずっとハッピーな事件が起きる可能性のある楽器、
ということでもあります。
では、“最低限、それなりの 準備と練習”とは、何なのか。。。
それこそが、今回みなさんに 徹底してやって頂きたいと思っていることです。
①一番最初の譜読みを「きちんと丁寧に“楽譜どおり”すること」
…テンポを落としていいので、最初から、楽譜に書いてある情報(音の強弱、音の長さ、 テヌート、スタッカート、弓の上げ下げ記号、正しい音程、書いてある指使い、などなど…)を、全て、拾いながら弾いて下さい。
くれぐれも、最初なんだしどうせ上手くいかないから、左手がなんとなくそれらしく動けばいいや、なんとなくそれらしい音が繋がっていればいいや、という気持ちで、譜読みを始めないでください。
もちろん、美しい音作りの基礎であるボウイングを、絶対的に毎回チェックしながら、ですよ。
最初が肝心です。特に今回のように時間があまり無い場合こそ、ここで、6割決まると考えて下さい。
②ピアノ譜を、練習時間以外のときに、読む。楽器が無くても出来る、非常に重要な練習です。
自分の弾く部分と、ピアニストが、どんなふうに 絡んでいるのか、たくさんの発見を自分で見つけて下さい。コツは、楽譜(ピアノスコア)をまず、絵のように眺めることです。同じ個所、違う箇所、色々な動きが連動してあるはずです。可能な人は、この時に和声もピアノを叩きながら確認してください。
③歌曲を弾く人は、原語で 暗譜。鼻歌のように歌えるくらい、歌いこんで下さい。
ヴァイオリンは、歌うような楽器、なのですから。まして 歌詞のある曲を弾く場合は絶対に必要な練習です。
④ソナタを弾く人はもちろん、小品を弾く人も、最低限の曲の構造を把握するよう、これまたピアノ譜を凝視してください。最重要ヒントは調性、そしてピアノの一番下の低音声部の動き、の二つです。楽典をやってことのない、という大人の生徒さんは、これをチャンスに是非 参考書を買って学習して下さい。アナリーゼ無しのソナタやシンフォニーは、あり得ません。わからない人は、積極的にレッスンで質問して下さい。
さて、いやぁ、こりゃ たいへんなことだ!と、目が覚めた人もいるかも。笑
そうです、誰かに聴いてもらう、というのは そういうことをして 初めて可能になります。
西洋の音楽を練習する、ということは 基礎練や楽曲を 一人で体力づくりのように励むことばかりではないのです。
むしろ、それ以外のことの方が、最後は大事になってきます。
つまり、自分の頭を使って自分なりに音楽を再構築する という作業です。
楽譜には、本当に色々な情報が書かれていますが
それを全てやった処で
全員が同じ演奏にならないのは、何故なのか、ということでもあります。
さぁ、これらをなんとかして、1月中にクリアしますよ。いいですか?!
ピアニストに楽譜をお渡しする時点で、みなさんには全員、
自分の演奏に関するアナリーゼの結論や
迷っている点などを、自分の手で、全部ピアノスコアに書き込んでもらいます。
大事なだいじな、ピアニストへの お手紙になるのです。
これで、“最低限、それなりの 準備と練習”の8割が ほぼ完了です。
あとは、決めたとおりに ようやく 弾きこむことが出来ます。
それが残りの2割です。
どうですか?皆さんは、終わりの2割が練習なのだと、勘違いしていませんでしたか?
さぁ、わたしも 大変です。
生徒さん全員に、毎度の基礎チェック、アナリーゼ、を70日でやりとげねばなりません。
右手がまだ不安定な生徒さん…いっぱいますね(笑)、
何とかして これをチャンスに 自分に食らいついて下さい。
スカスカのボウイングで出来るような曲は一曲もありませんし、
そんなサウンドは、誰も聴きたくありません。
いいですか?
まずは、去年と同じ 基礎の定着。
そして、今回覚えることは、
ピアニストの共演とは 一体どういうことなのか、
誰かに聴いてもらえるものを作るとは、どういうことなのか、
という2点です。
佳い年明けを迎えるべく、今、確実丁寧に頑張って下さい

2011年12月22日
132.次は、発表会へダッシュ!
12月18日のクリスマス会、楽しかったですね~
いやしかし、やっと ひとつ終わった~。。。と
昨日までの二日間疲労困憊していた岡田です。
たくさんの人が集まって
たくさんの曲を弾きましたよね。。。
いったい 何曲弾いたんだろう?!
ちなみに、このフロアにこんなに人が入ったのも 初めてでした。
なんと、…32人+赤ちゃん!!笑
今日は当日の光景をちょっぴりお披露目です。

40年物の うちのクリスマスツリー。
皆さんが集まる前に、年に一度のおめかし。

たくさんの子供さんたちが、集まってくれました。
この家を建ててホントによかったなあぁ、、、と しみじみ。
ついつい この家を建てる時にお世話になった建築士さんにも
この会の後、御礼のメールをしてしまいました。笑
幸せはみんなで分けっこ、が一番

大人の方も、すごく楽しそう。こういう笑顔を後から見ると
やってよかったあなぁ、、、と これまたしみじみ 報われます。

みんなで持ち寄った、たくさんのお菓子をひとつづつ開けました。
贅沢なほどのテーブルの上!
ちびさんたちに、旦那さんのトロンボーンも交えて。
昔とった杵柄、ってやつでしょうか。笑
泣きながらのレッスンの日々も、いざやってみれば どうってことない!?
大人と違って 子供は 飄々、淡々、としたものです。

一曲弾き終えて、ホっ。各々の胸の内は 反省?喜び?救い?言い訳?!


よく晴れて、本当に気持ちのよいお天気の中、
みんなの笑顔が沢山詰まった 楽しい一日でした。。。
終わってから 一通りビデオを見ながら、
あぁ、わたしは本当に幸せ者だなぁ…と、
私クリスチャンではありませんが、思わず神様に感謝を告げた夜でした。
皆さま、本当に ありがとうございました。
また、あんなにごちゃごちゃの中
そして、けっして 「美しい」という形容詞は使えない演奏披露の中、
美味しいお惣菜やお菓子を持って 更にはゲスト演奏までして頂いて
盛り上げに来て下さった ゲストの皆様、
不行き届きばかりの岡田のホストで、大変申し訳ありませんでしたが
子供たちも みなさんとお友達になれたことを とても喜んでいます。
ほんとうに ほんとうに 皆さんとご縁を持てて、 嬉しいです。
ありがとうございました。。。
また、こういうイベントどんどんやって下さい!とのご父兄方々のお声を励みに
さて、次は。。。あぁ、次は。。3月20日の発表会、サロンコンサートですね。
本番まで あと、10回くらいしかレッスンも出来ない 厳しい暦の状況ですが
この冬休みを有意義に、頑張って 中身の濃い練習を続けて下さい。
では、みなさま 練習にあけくれる、充実した良い冬休みをお過ごしください~
(笑)

いやしかし、やっと ひとつ終わった~。。。と
昨日までの二日間疲労困憊していた岡田です。

たくさんの人が集まって
たくさんの曲を弾きましたよね。。。
いったい 何曲弾いたんだろう?!
ちなみに、このフロアにこんなに人が入ったのも 初めてでした。
なんと、…32人+赤ちゃん!!笑
今日は当日の光景をちょっぴりお披露目です。

40年物の うちのクリスマスツリー。
皆さんが集まる前に、年に一度のおめかし。

たくさんの子供さんたちが、集まってくれました。
この家を建ててホントによかったなあぁ、、、と しみじみ。
ついつい この家を建てる時にお世話になった建築士さんにも
この会の後、御礼のメールをしてしまいました。笑
幸せはみんなで分けっこ、が一番


大人の方も、すごく楽しそう。こういう笑顔を後から見ると
やってよかったあなぁ、、、と これまたしみじみ 報われます。

みんなで持ち寄った、たくさんのお菓子をひとつづつ開けました。
贅沢なほどのテーブルの上!
ちびさんたちに、旦那さんのトロンボーンも交えて。
昔とった杵柄、ってやつでしょうか。笑
泣きながらのレッスンの日々も、いざやってみれば どうってことない!?
大人と違って 子供は 飄々、淡々、としたものです。

一曲弾き終えて、ホっ。各々の胸の内は 反省?喜び?救い?言い訳?!


よく晴れて、本当に気持ちのよいお天気の中、
みんなの笑顔が沢山詰まった 楽しい一日でした。。。
終わってから 一通りビデオを見ながら、
あぁ、わたしは本当に幸せ者だなぁ…と、
私クリスチャンではありませんが、思わず神様に感謝を告げた夜でした。
皆さま、本当に ありがとうございました。
また、あんなにごちゃごちゃの中

そして、けっして 「美しい」という形容詞は使えない演奏披露の中、
美味しいお惣菜やお菓子を持って 更にはゲスト演奏までして頂いて
盛り上げに来て下さった ゲストの皆様、
不行き届きばかりの岡田のホストで、大変申し訳ありませんでしたが
子供たちも みなさんとお友達になれたことを とても喜んでいます。
ほんとうに ほんとうに 皆さんとご縁を持てて、 嬉しいです。
ありがとうございました。。。

また、こういうイベントどんどんやって下さい!とのご父兄方々のお声を励みに
さて、次は。。。あぁ、次は。。3月20日の発表会、サロンコンサートですね。

本番まで あと、10回くらいしかレッスンも出来ない 厳しい暦の状況ですが
この冬休みを有意義に、頑張って 中身の濃い練習を続けて下さい。
では、みなさま 練習にあけくれる、充実した良い冬休みをお過ごしください~
(笑)2011年11月22日
131.いきなり寒くなって来た!
秋冬、演奏会のシーズンですが、今年は
何かいい演奏会へ行かれましたか?
わたしは…佐渡裕&ベルリン・ドイツ響+エフゲニ・ボジャノフ 、アシュケナージ&シドニー響+庄司紗矢香、それから ゲーデ弦楽四重奏団、とか…何本か堪能しました。
どれもとても素晴らしかったし、面白くて、 ワクワクしたりジワーんと来たり…聴いて佳かったです。
弾く者・弾くことを習う者 にとっては、他のひとの演奏を聴くのはとても 大切で貴重な経験です。
あと、内田光子&ハーゲンカルテット、とかも行きたかったなぁ…。
ちなみに、明日11月23日は 「ドームやきものワールド」で、自分も演奏してきます。
ここ何年か、恒例のように この催しのオープニングでの演奏依頼を頂いているのですが、今年は「花」がテーマだそうで、プログラムには実はちょっと苦労しました。笑
何故かって? いや~、クラシック音楽…ヨーロッパで花、というと、ほぼバラばっかりなんです。
なるほどねー…と、逆に四季おりおりの花の存在豊かな日本に住む者にとっては、それが意外なことなんだと お陰様で気付きました。。。
というところで考えたのは、次のプログラム。
聴きにいらっしゃる方は予習に、そうでない方は気分だけでも。
1.南国のバラ…お正月によく聴くシュトラウス2世のウィンナワルツのひとつですが、実はスペインを舞台にしたオペレッタ「女王陛下のハンカチーフ」からの、抜粋で作られているワルツなんです。(このオペレッタ、観たこと無いです。気になります…。)
2.「椿姫」より乾杯の歌…椿はcameliaで、traviataではありません。デュマの原作小説では椿ですが、このオペラの主人公はvioletta「すみれ」。ヨーロッパで薔薇の次に頻出度の高いのが菫でしょうか…。
3.「椿姫」より花から花へ
4.モーツァルト風滝廉太郎の「花」
5.秋桜…なんとこの前、ゲーデカルテットさんも、アンコールでやって下さいましたョ
6.「くるみ割り人形」より花のワルツ
こんな感じで、明日は弾いてまいります。。。(お暇でしたらどうぞ、いらして下さい。)
が、まぁ動画みたいなわけにはいきませんね、弦楽四重奏ですから。笑
でも、たった四人でこんな音楽が出来るって、それはそれで凄いことでしょ
さて、クリスマス会も近づいてきましたし。。。
今朝、楽しい鳴りものも、我が家に到着しましたよ!

急に寒くなってきましたが、みなさま お風邪など召しませんように
素敵な晩秋と、冬の到来を愉しみましょう。。。
それでは、また
P.S.浜松の庭、今季の花たち。。。
菊

つわぶき

やつで

何かいい演奏会へ行かれましたか?
わたしは…佐渡裕&ベルリン・ドイツ響+エフゲニ・ボジャノフ 、アシュケナージ&シドニー響+庄司紗矢香、それから ゲーデ弦楽四重奏団、とか…何本か堪能しました。
どれもとても素晴らしかったし、面白くて、 ワクワクしたりジワーんと来たり…聴いて佳かったです。
弾く者・弾くことを習う者 にとっては、他のひとの演奏を聴くのはとても 大切で貴重な経験です。
あと、内田光子&ハーゲンカルテット、とかも行きたかったなぁ…。
ちなみに、明日11月23日は 「ドームやきものワールド」で、自分も演奏してきます。
ここ何年か、恒例のように この催しのオープニングでの演奏依頼を頂いているのですが、今年は「花」がテーマだそうで、プログラムには実はちょっと苦労しました。笑

何故かって? いや~、クラシック音楽…ヨーロッパで花、というと、ほぼバラばっかりなんです。
なるほどねー…と、逆に四季おりおりの花の存在豊かな日本に住む者にとっては、それが意外なことなんだと お陰様で気付きました。。。
というところで考えたのは、次のプログラム。
聴きにいらっしゃる方は予習に、そうでない方は気分だけでも。

1.南国のバラ…お正月によく聴くシュトラウス2世のウィンナワルツのひとつですが、実はスペインを舞台にしたオペレッタ「女王陛下のハンカチーフ」からの、抜粋で作られているワルツなんです。(このオペレッタ、観たこと無いです。気になります…。)
2.「椿姫」より乾杯の歌…椿はcameliaで、traviataではありません。デュマの原作小説では椿ですが、このオペラの主人公はvioletta「すみれ」。ヨーロッパで薔薇の次に頻出度の高いのが菫でしょうか…。
3.「椿姫」より花から花へ
4.モーツァルト風滝廉太郎の「花」
5.秋桜…なんとこの前、ゲーデカルテットさんも、アンコールでやって下さいましたョ

6.「くるみ割り人形」より花のワルツ
こんな感じで、明日は弾いてまいります。。。(お暇でしたらどうぞ、いらして下さい。)
が、まぁ動画みたいなわけにはいきませんね、弦楽四重奏ですから。笑
でも、たった四人でこんな音楽が出来るって、それはそれで凄いことでしょ

さて、クリスマス会も近づいてきましたし。。。
今朝、楽しい鳴りものも、我が家に到着しましたよ!

急に寒くなってきましたが、みなさま お風邪など召しませんように
素敵な晩秋と、冬の到来を愉しみましょう。。。
それでは、また
P.S.浜松の庭、今季の花たち。。。
菊

つわぶき

やつで

2011年10月19日
130.2011クリスマス会のお知らせ
先日発表会のお知らせをしたばかりですが・・・
今日は、クリスマス会
のお知らせです
3月の発表会は、今回急な決定だったので
実はその前からみなさんに打診しつつ、日程を決めていたクリスマス会でしたが 発表会の件で立ち消えになるかなぁ、とも思いつつ
けれども、やっぱり やれそうだから、やっちゃおうよ!と
自分に言い聞かせつつ…、の決行です。笑
どうぞ楽しい会になるよう、気楽にお付き合いのほど 宜しくお願い致します
内容的には、発表会のような演奏会形式ではなく、気の張らない、ティータイムの家庭的な 所謂ホームコンサート形式にします。
生徒の皆さん父兄の皆さん、どうぞ 飛び入りありの、たくさんの曲でご参加ください。
そして、もちろん、このブログの読者のみなさんも、ピアノ、ギター、歌、聴衆(笑)なんでも どうぞご披露ご参加下さいね
2011「空の音色」クリスマス会
とき:2011年12月18日(日) 14:00~
ところ:三ケ日教室
会費:生徒さん一ご家族500円(お茶、参加費代)
読者一般参加=無料
お菓子は参加者全員、各自分程度を持ちより
プログラムは、今 色々煮詰め中。
クリスマスらしい曲を、みんなでやれるだけ。笑
一般の皆さんも、是非お好きな形で演奏参加を
どうぞ
なお一般参加ご希望の方は、人数把握の関係で 12月5日までに すみませんがメール、コメント、メッセージなどで
ご連絡下さい。
※終了時間は、だいたい16時頃が目安かな、と思いますが、特別拘束もないです。
一通りのプログラムを終えた流れで自由解散くらいの
個々の 適宜、気分しだい(笑) な感じでいます。。。
※地図は、下↓の「続きを読む」をクリックしてください。
続きを読む
今日は、クリスマス会
のお知らせです
3月の発表会は、今回急な決定だったので
実はその前からみなさんに打診しつつ、日程を決めていたクリスマス会でしたが 発表会の件で立ち消えになるかなぁ、とも思いつつ
けれども、やっぱり やれそうだから、やっちゃおうよ!と
自分に言い聞かせつつ…、の決行です。笑
どうぞ楽しい会になるよう、気楽にお付き合いのほど 宜しくお願い致します

内容的には、発表会のような演奏会形式ではなく、気の張らない、ティータイムの家庭的な 所謂ホームコンサート形式にします。
生徒の皆さん父兄の皆さん、どうぞ 飛び入りありの、たくさんの曲でご参加ください。
そして、もちろん、このブログの読者のみなさんも、ピアノ、ギター、歌、聴衆(笑)なんでも どうぞご披露ご参加下さいね

2011「空の音色」クリスマス会
とき:2011年12月18日(日) 14:00~
ところ:三ケ日教室
会費:生徒さん一ご家族500円(お茶、参加費代)
読者一般参加=無料
お菓子は参加者全員、各自分程度を持ちより
プログラムは、今 色々煮詰め中。
クリスマスらしい曲を、みんなでやれるだけ。笑
一般の皆さんも、是非お好きな形で演奏参加を
どうぞ

なお一般参加ご希望の方は、人数把握の関係で 12月5日までに すみませんがメール、コメント、メッセージなどで
ご連絡下さい。※終了時間は、だいたい16時頃が目安かな、と思いますが、特別拘束もないです。
一通りのプログラムを終えた流れで自由解散くらいの
個々の 適宜、気分しだい(笑) な感じでいます。。。

※地図は、下↓の「続きを読む」をクリックしてください。
続きを読む
2011年10月15日
129.2011秋新規レッスン受付
秋になり、ヴァイオリンを習ってみようかな、というお問い合わせの多いシーズンになりましたので、
現在の受付可能な日程を ご案内させて頂きます。(月末にまた見直しをするかもしれませんが)
当「空の音色」では 沢山の生徒さんを抱え、次から次へと分刻みのベルトコンベアー式に…という方法は、わたしの性格と意向と能力に合わないので、あえて しておりません。笑
一回のレッスンにたっぷり時間をとり、毎回都度つど、生徒さん一人ひとりの個性と進捗ペースになるべく合うように、親密な環境で進めていきますので、
おひとりのレッスン時間の区切り(幼児~小3:30~45分、小4~大人:45~60分)も、
あくまで「基準」であり、私の予定枠ではおひとり実質1時間半まで確保してありますので、終了時間は厳密に決めていないのが現実です。…もっとも、自宅できちんと練習してこなかった方は最大基準時間通りで終了ですが。。。
(詳細は、こちらの記事をご参考にして下さい。)
大人の方で、隔週ペースを保ち熱心に練習されてみえるような方は 一時間半を越えることもありますし、幼児のお子さんでも集中力のないうちは、泣いてばかりで30分では終わらないこともあります。また、一生懸命いつもたくさん練習して来てくれるお子さんは、その時の集中度合いをみながら 時間にとらわれず練習してきた分だけ、あるいは区切りのよいところまで聴いてあげています。(レッスン後の予定が詰まっていらっしゃる場合は、レッスンの都度お知らせください。)
2011.10現在 受入可能枠
【浜松教室】
・月2回月曜日 15時~ 大人1名締切
【名古屋教室】
・毎週水曜17時~ 1名(小学1年生以上の子どもさん)締切
・水曜~金曜いずれかの午前・隔週程度 1名締切
・大人の方で 月一回程度・平日で、曜日や時間のご指定のない方でしたら、
あと1名ほど夜枠も含め、可能です。 (大学オケの学生さんなど)締切
レッスン室見学・ご相談は、日程調整の上15分無料で賜ります。
お試し無料レッスンはしておりません。(最初が肝心であり、大変なので、それを無料でする気はありません)
ただ、ヴァイオリンのレッスンは通常永い期間に渡るため、わたしと生徒さんの互いの相性も非常に大事なことだと思いますので、30分3500円でお互いの面接を兼ねた体験レッスンは行っております。お問い合わせ時に、お申し出下さい。
また、楽器をお持ちでない方も、素人の独断で焦って楽器屋さんやネットショップに走ってしまわずに、レッスンを始めてからでも間に合いますので、開始時にその旨ご相談下さい。楽器は人間よりも長生きするものなのですから、まして自分の永年の相棒となる上はゆっくりきちんと選ぶべきです。(これは、小さなお子さんの分数楽器でも、本来同様です。)
浜松教室は、一生懸命やるから毎週見て欲しい、という方を 今後日曜日(土曜日になることもあります)に優先させて頂きたいと思います。
あまりやる気や時間が無いし…、という方は月曜に。毎週ちゃんとみてほしい、という方がもし増えましたらまた、月曜火曜あるいは土曜日をそのように今後調整変更していきます。
なお、子どもさんも大人の方も、初めて楽器を持つ基礎のうちは 毎週もしくは少なくとも月に3回 行います。(曲に入り始めましたら、ご希望のペースに切り替えてゆきますので その時改めて相談しましょう。)
ヴァイオリンのレッスンは、上手くなるためのアドヴァイス…次のステップへ向けてのテキストの指示と家での具体的練習方法、生徒さんの演奏について付加・訂正すべき点の提示とその克服法…を授ける場であり、
楽器の習熟は、塾や絵画、スポーツ系の習いごとと異なり(ホントは同じだと思いますが)、レッスンを受けた後 家では練習をする時間が無いからやらない、という状況では せっかくお金を払って授けられた克服法を試みる時間が取れないわけですから、 どんなにレッスン時間内だけ頑張ってみたところで、上達は難しいです。(勿論レッスンを受けない独学よりは、上達の可能性が大分ありますが…)従って、家での練習が行われることは大前提になっています。
更に、
ひとつ克服し、それが出来るようになっても、またそれをベースにして、次の課題が生まれ、またそれをベースに次の課題があり、…といつまでも課題の絶えることが無いのが 楽器の世界なので、根気強さも非常に大切です。
従って、レッスンの回数が少なければ少ないほど 家庭での練習時間と、その内容の濃さ・正しさ、…つまるところ 自分で自分を律する力が、上達の決め手になってきます。
好きな方の上手が速いのも、好きである故にその根気が持ちこたえられるからです。
逆にいえば、仮に好きと言うほどではなくとも、地道な練習が、正しい方法できちんと 倦まず弛まず毎日行われれば、どんな方でも数年で必ずある程度弾けるようにはなります。もっとも、キーを叩けばそれなりの音程と美音の出るピアノのようなわけにはいきませんが。。。
(その過程では、ヴァイオリンを弾くために歌の練習をお勧めすることや、佳い演奏を沢山聴いて頂く、などの、弾くこと以外の課題が出てくる可能性もあります)
わたしが想うに、上達に最も速い道というのは、小さく地味な課題を飛び越えて、無理やり弾きたい曲だけを自分に都合よい奏法で弾こうとする道ではなく、簡単なテーマを丁寧に美しい音で、何種類もの弾き方で紡げるか、というような気の遠くなるほどの「誠実な練習の積み重ね」にあり、何かしらの近道を最初から探そうとした途端、結局は挫折に繋がってしまうと思います。「急がば回れ」「フェスティーナ・レンテ」です。
つまり、誰もが平等に、そんな急に上手くなることがないのが ヴァイオリンの面白さでもある気がします。笑
そう どんなに上手い演奏家でも、まず根気無しでは その存在はありえなかったはずです。。。
なお、音大進学などをお考えの方は、恥ずかしがらずに 早いうちにご相談下さい。
(習うべき内容はアマチュアの方も受験生も全く同じですが、受験をするにあたっては進捗度に時間的なリミットと、更に金銭的な問題が付加されますので…)
現在の受付可能な日程を ご案内させて頂きます。(月末にまた見直しをするかもしれませんが)
当「空の音色」では 沢山の生徒さんを抱え、次から次へと分刻みのベルトコンベアー式に…という方法は、わたしの性格と意向と能力に合わないので、あえて しておりません。笑
一回のレッスンにたっぷり時間をとり、毎回都度つど、生徒さん一人ひとりの個性と進捗ペースになるべく合うように、親密な環境で進めていきますので、
おひとりのレッスン時間の区切り(幼児~小3:30~45分、小4~大人:45~60分)も、
あくまで「基準」であり、私の予定枠ではおひとり実質1時間半まで確保してありますので、終了時間は厳密に決めていないのが現実です。…もっとも、自宅できちんと練習してこなかった方は最大基準時間通りで終了ですが。。。

(詳細は、こちらの記事をご参考にして下さい。)
大人の方で、隔週ペースを保ち熱心に練習されてみえるような方は 一時間半を越えることもありますし、幼児のお子さんでも集中力のないうちは、泣いてばかりで30分では終わらないこともあります。また、一生懸命いつもたくさん練習して来てくれるお子さんは、その時の集中度合いをみながら 時間にとらわれず練習してきた分だけ、あるいは区切りのよいところまで聴いてあげています。(レッスン後の予定が詰まっていらっしゃる場合は、レッスンの都度お知らせください。)
2011.10現在 受入可能枠
【浜松教室】
・
【名古屋教室】
・
・
・
あと1名ほど夜枠も含め、可能です。 (大学オケの学生さんなど)
レッスン室見学・ご相談は、日程調整の上15分無料で賜ります。
お試し無料レッスンはしておりません。(最初が肝心であり、大変なので、それを無料でする気はありません)
ただ、ヴァイオリンのレッスンは通常永い期間に渡るため、わたしと生徒さんの互いの相性も非常に大事なことだと思いますので、30分3500円でお互いの面接を兼ねた体験レッスンは行っております。お問い合わせ時に、お申し出下さい。
また、楽器をお持ちでない方も、素人の独断で焦って楽器屋さんやネットショップに走ってしまわずに、レッスンを始めてからでも間に合いますので、開始時にその旨ご相談下さい。楽器は人間よりも長生きするものなのですから、まして自分の永年の相棒となる上はゆっくりきちんと選ぶべきです。(これは、小さなお子さんの分数楽器でも、本来同様です。)
浜松教室は、一生懸命やるから毎週見て欲しい、という方を 今後日曜日(土曜日になることもあります)に優先させて頂きたいと思います。
あまりやる気や時間が無いし…、という方は月曜に。毎週ちゃんとみてほしい、という方がもし増えましたらまた、月曜火曜あるいは土曜日をそのように今後調整変更していきます。
なお、子どもさんも大人の方も、初めて楽器を持つ基礎のうちは 毎週もしくは少なくとも月に3回 行います。(曲に入り始めましたら、ご希望のペースに切り替えてゆきますので その時改めて相談しましょう。)
ヴァイオリンのレッスンは、上手くなるためのアドヴァイス…次のステップへ向けてのテキストの指示と家での具体的練習方法、生徒さんの演奏について付加・訂正すべき点の提示とその克服法…を授ける場であり、
楽器の習熟は、塾や絵画、スポーツ系の習いごとと異なり(ホントは同じだと思いますが)、レッスンを受けた後 家では練習をする時間が無いからやらない、という状況では せっかくお金を払って授けられた克服法を試みる時間が取れないわけですから、 どんなにレッスン時間内だけ頑張ってみたところで、上達は難しいです。(勿論レッスンを受けない独学よりは、上達の可能性が大分ありますが…)従って、家での練習が行われることは大前提になっています。
更に、
ひとつ克服し、それが出来るようになっても、またそれをベースにして、次の課題が生まれ、またそれをベースに次の課題があり、…といつまでも課題の絶えることが無いのが 楽器の世界なので、根気強さも非常に大切です。
従って、レッスンの回数が少なければ少ないほど 家庭での練習時間と、その内容の濃さ・正しさ、…つまるところ 自分で自分を律する力が、上達の決め手になってきます。
好きな方の上手が速いのも、好きである故にその根気が持ちこたえられるからです。
逆にいえば、仮に好きと言うほどではなくとも、地道な練習が、正しい方法できちんと 倦まず弛まず毎日行われれば、どんな方でも数年で必ずある程度弾けるようにはなります。もっとも、キーを叩けばそれなりの音程と美音の出るピアノのようなわけにはいきませんが。。。
(その過程では、ヴァイオリンを弾くために歌の練習をお勧めすることや、佳い演奏を沢山聴いて頂く、などの、弾くこと以外の課題が出てくる可能性もあります)
わたしが想うに、上達に最も速い道というのは、小さく地味な課題を飛び越えて、無理やり弾きたい曲だけを自分に都合よい奏法で弾こうとする道ではなく、簡単なテーマを丁寧に美しい音で、何種類もの弾き方で紡げるか、というような気の遠くなるほどの「誠実な練習の積み重ね」にあり、何かしらの近道を最初から探そうとした途端、結局は挫折に繋がってしまうと思います。「急がば回れ」「フェスティーナ・レンテ」です。
つまり、誰もが平等に、そんな急に上手くなることがないのが ヴァイオリンの面白さでもある気がします。笑
そう どんなに上手い演奏家でも、まず根気無しでは その存在はありえなかったはずです。。。
なお、音大進学などをお考えの方は、恥ずかしがらずに 早いうちにご相談下さい。
(習うべき内容はアマチュアの方も受験生も全く同じですが、受験をするにあたっては進捗度に時間的なリミットと、更に金銭的な問題が付加されますので…)
2011年10月12日
128.3月発表会が決まりました。
みなさん、たいへんお久しぶりです。
夏は、どうも苦手な岡田。
ようやく暑さを脱し、ブログを書く元気が出てきました。笑;
昨年の肩の怪我からも一年経ち、練習にも身の入る今日この頃です。。。
さて
今日は、3月の発表会のお知らせです。
当初5月に予定しておりましたが、諸般の事情により
来年2012年は、3月20日(祝日・火曜日)の開催に決まりました。
更に、今回は
わたしのオケ時代、いつも並んで弾かせて頂いた大先輩、森先生の お弟子さんたちとの「合同」というスタイルをとります。
前回は、「空の音色」としての初めての発表会でしたので
三ケ日教室でアットホームに、そして、同族楽器、弦楽器のアンサンブルの中で弾くわくわくする楽しさを経験して欲しい、というねらいで行いましたが、
それを踏まえて、今年は ヴァイオリンの最もスタンダードな演奏スタイルとして、
何処か名古屋の良いホールで、佳いピアノとの共演を経験させてあげたいな、と想っているところでしたので、森先生からのこの合同発表会のお誘いは、まさに願ってもいない機運、とてもラッキーでした。
先日、早速 森先生とステージの見学と予約に行ってきました。
5/Rという、千種駅前のホールです。
去年の10月にオープンの話は聞いており、以来、わたし個人的にとても気になっていたホールでもあります。

西側駐車場側から。
ちなみに駐車場はコインパーキングです。千種駅から、横断歩道を渡って、徒歩1分足らずの便利な立地ですから、JRで行くのもいいですね。
東裏にはお水で有名な、高牟神社があり、その美水を汲みにおばちゃんたちが ポリタンクを持ってやってきては、のんびりとお喋りに興じていたりします。(笑)
建物は、オーナーである漢方薬やさんの倉庫を改造した シンプルモダンなスタイル。
昨年10月10日にオープンしたばかりなので、まだ一年。とても綺麗です。

こちら、入口です。ここで本番衣装で撮影したら、記念になりそう。

入口を入ると、一階の画廊があります。
この時は、絹谷幸二さんの個展…オープン一周年記念の展覧会でした。
右手に事務所。ジェネラル・マネージャーの伊藤直樹さんがにこやかにお出迎え下さり、
この後、ホールをご案内して頂きました。(偶然にも、主人の知人で、わたしも飲み会で一度ご同席したことのある方でした。世間は狭い。笑)
画廊のスペースを通り抜け、突き当たりの階段を上ると、ホールの施設になります。
この日はちょうど、ステージのワックスがけがあるとのことで、ホワイエには客席椅子が全部積んで出されていました。館のスタッフさんたちにしてみたら、たいへん!!…な作業だろうと思いますが、館のホールへの愛情を じわーんと感じました。
ホワイエには、オーナーの漢方薬屋さんが提供して下さるドリンク類のサービススタンドがあり、
(漢方屋さんなので、自然食のプロフェッショナルですよね…まだそちらは注文していませんが、興味があります。。。)
ホワイエ脇は控室、調光・音響室になっています。奏者は音響室を通って、直接ステージへ出られます。
狭いですが、とても丁寧に考えられた使いやすい作りだなぁ、と感心。
壁紙は全て白く、階段や床などは 深い茶色の 目の美しい木が使われ、
また入口や二階への動線は、車いすの方でもOKなように、配慮がなされています。
子供が音楽に飽きて走り回れるようなスペースはありませんが、空の音色の生徒さんたちなら、大丈夫ですね
去年もみな、本当にきちんとおりこうに お友達の演奏を聴くことが出来ましたから、今年はそれを本格的な場所で活かせることを、期待しています(笑)
さぁ いよいよ、ドアを開けると…。
111席の客席スペース、そして、ステージです。
「音を出して下さって構いませんよ」との伊藤さんのお言葉に甘え、試奏させて頂きました。

客席とステージはフラットになっています。
サロン的な客席との距離は、聴く側にとっても、弾く側にとっても ちょうど佳い親密さを持てる感じです。
もちろん、近い分 客席に気をとられることも無いよう、ライティングも上手く出来ています。
黄色い床木のつやも美しく優しい安心感があり、天井もシンプルながら音響効果を確実に考えてあるのが判ります。
そう、肝心の音響は、小さめの専用ホールですが 抜群にいいです。
弱音も、自分がコントロールしたままに繊細に響き、とても集中しやすく、計算したままの効果を得られるのでとても気持ちよく弾けます。
(例えば、ステージと客席の板目の向きを見て下さい。これ、いい音がするためには、必須の貼り方なんです。これだけのフロアに、こんなに贅沢に木を貼ってあるだけに 音響効果への期待を裏切りません。)
素晴らしい!!
ちなみに、奥にピアノが見えていますが、なんとスタインウェイのフルコンです。
このピアノを使って、ピアニストと共演できるなんて、素敵でしょ♪
当然ながら、巷にあふれているような多目的ホールではないので、全てが、室内楽、ソロのプロ仕様なのです。
さて、、、いかがですか?
ワクワクしてきませんか?!
昨年は弦楽カルテットとコンチェルトを弾かれたような大人の生徒さん達には、
是非、ピアノとヴァイオリンのために書かれているソナタなどを 丁寧に味わいながら弾いて頂きたいと思いますし、
小さい生徒さん達には、美しいステージ照明の中、ピアニストとたった二人で立つリサイタルの高揚感を、プロ仕様の音響、環境で 初体験して欲しいと思います。
さぁ、楽器も佳い音のする季節になりました!!
3月20日まであと5カ月、 ここでいい音楽を奏でられるよう、頑張って練習していきましょう

夏は、どうも苦手な岡田。
ようやく暑さを脱し、ブログを書く元気が出てきました。笑;
昨年の肩の怪我からも一年経ち、練習にも身の入る今日この頃です。。。
さて
今日は、3月の発表会のお知らせです。当初5月に予定しておりましたが、諸般の事情により
来年2012年は、3月20日(祝日・火曜日)の開催に決まりました。
更に、今回は
わたしのオケ時代、いつも並んで弾かせて頂いた大先輩、森先生の お弟子さんたちとの「合同」というスタイルをとります。
前回は、「空の音色」としての初めての発表会でしたので
三ケ日教室でアットホームに、そして、同族楽器、弦楽器のアンサンブルの中で弾くわくわくする楽しさを経験して欲しい、というねらいで行いましたが、
それを踏まえて、今年は ヴァイオリンの最もスタンダードな演奏スタイルとして、
何処か名古屋の良いホールで、佳いピアノとの共演を経験させてあげたいな、と想っているところでしたので、森先生からのこの合同発表会のお誘いは、まさに願ってもいない機運、とてもラッキーでした。
先日、早速 森先生とステージの見学と予約に行ってきました。
5/Rという、千種駅前のホールです。
去年の10月にオープンの話は聞いており、以来、わたし個人的にとても気になっていたホールでもあります。

西側駐車場側から。
ちなみに駐車場はコインパーキングです。千種駅から、横断歩道を渡って、徒歩1分足らずの便利な立地ですから、JRで行くのもいいですね。
東裏にはお水で有名な、高牟神社があり、その美水を汲みにおばちゃんたちが ポリタンクを持ってやってきては、のんびりとお喋りに興じていたりします。(笑)
建物は、オーナーである漢方薬やさんの倉庫を改造した シンプルモダンなスタイル。
昨年10月10日にオープンしたばかりなので、まだ一年。とても綺麗です。

こちら、入口です。ここで本番衣装で撮影したら、記念になりそう。

入口を入ると、一階の画廊があります。
この時は、絹谷幸二さんの個展…オープン一周年記念の展覧会でした。
右手に事務所。ジェネラル・マネージャーの伊藤直樹さんがにこやかにお出迎え下さり、
この後、ホールをご案内して頂きました。(偶然にも、主人の知人で、わたしも飲み会で一度ご同席したことのある方でした。世間は狭い。笑)
画廊のスペースを通り抜け、突き当たりの階段を上ると、ホールの施設になります。
この日はちょうど、ステージのワックスがけがあるとのことで、ホワイエには客席椅子が全部積んで出されていました。館のスタッフさんたちにしてみたら、たいへん!!…な作業だろうと思いますが、館のホールへの愛情を じわーんと感じました。
ホワイエには、オーナーの漢方薬屋さんが提供して下さるドリンク類のサービススタンドがあり、
(漢方屋さんなので、自然食のプロフェッショナルですよね…まだそちらは注文していませんが、興味があります。。。)
ホワイエ脇は控室、調光・音響室になっています。奏者は音響室を通って、直接ステージへ出られます。
狭いですが、とても丁寧に考えられた使いやすい作りだなぁ、と感心。
壁紙は全て白く、階段や床などは 深い茶色の 目の美しい木が使われ、
また入口や二階への動線は、車いすの方でもOKなように、配慮がなされています。
子供が音楽に飽きて走り回れるようなスペースはありませんが、空の音色の生徒さんたちなら、大丈夫ですね

去年もみな、本当にきちんとおりこうに お友達の演奏を聴くことが出来ましたから、今年はそれを本格的な場所で活かせることを、期待しています(笑)
さぁ いよいよ、ドアを開けると…。
111席の客席スペース、そして、ステージです。
「音を出して下さって構いませんよ」との伊藤さんのお言葉に甘え、試奏させて頂きました。

客席とステージはフラットになっています。
サロン的な客席との距離は、聴く側にとっても、弾く側にとっても ちょうど佳い親密さを持てる感じです。
もちろん、近い分 客席に気をとられることも無いよう、ライティングも上手く出来ています。
黄色い床木のつやも美しく優しい安心感があり、天井もシンプルながら音響効果を確実に考えてあるのが判ります。
そう、肝心の音響は、小さめの専用ホールですが 抜群にいいです。
弱音も、自分がコントロールしたままに繊細に響き、とても集中しやすく、計算したままの効果を得られるのでとても気持ちよく弾けます。
(例えば、ステージと客席の板目の向きを見て下さい。これ、いい音がするためには、必須の貼り方なんです。これだけのフロアに、こんなに贅沢に木を貼ってあるだけに 音響効果への期待を裏切りません。)
素晴らしい!!
ちなみに、奥にピアノが見えていますが、なんとスタインウェイのフルコンです。
このピアノを使って、ピアニストと共演できるなんて、素敵でしょ♪
当然ながら、巷にあふれているような多目的ホールではないので、全てが、室内楽、ソロのプロ仕様なのです。
さて、、、いかがですか?
ワクワクしてきませんか?!

昨年は弦楽カルテットとコンチェルトを弾かれたような大人の生徒さん達には、
是非、ピアノとヴァイオリンのために書かれているソナタなどを 丁寧に味わいながら弾いて頂きたいと思いますし、
小さい生徒さん達には、美しいステージ照明の中、ピアニストとたった二人で立つリサイタルの高揚感を、プロ仕様の音響、環境で 初体験して欲しいと思います。
さぁ、楽器も佳い音のする季節になりました!!
3月20日まであと5カ月、 ここでいい音楽を奏でられるよう、頑張って練習していきましょう

2011年07月25日
127.夏休みが勝負!!
今日は子供さん(小学生)の夏休み中の取り組みについて
書こうと思います。
夏休み、遊ぶことが半ば目的の時間ですが
おうちの方としては、放っておけば一日遊びたがる子を
どう机に向かわせ、楽器ケースを開けさせるかの闘いに
ほとほと疲れてしまい、
果ては諦めてしまうパターンが多いのでは?と
我が子供時代を振り返りつつ、想像しています。笑
ヴァイオリンを続けさせたい、と思うなら
小学校1年生~3年生の夏のパターンはとても重要です。
どう重要か、
1、本人が困難を自分で克服する実力をつけるチャンス。
2、本人が秋に充足感を得るためのチャンス。
多分、塾などでも同じことを言われるのではないかと思いますが
そこでまたとても大事なことは、
1、周囲の同じ立場のお母さん情報を元に、本人を振り回さないこと。
2、お母さん自身が幸せであること。
子供のことを一番知っているのは、やはりどうしてもお母さん。
自分の子のペースは、その子独自のもので、絶対に他の子とは異なっている、と
全てのお母さんたちが自覚できるかどうか。
そして、その子がその人生を「歩きにくい」と思っている時に
(テストで点が取れなくて、お母さんに怒られる、などのことも
小学生にとっては「人生の歩きにくさ」ですよね…)
その道が行き止まりなら道が違うんだよ、こっちもあるよ、試しに行ってごらんよ、と
別のルートを見せてあげられるか、が要じゃないかと。
そしてそれは、子供を一番知っているお母さんのオリジナルであることが
かなり大事かな、と思う。
そのために、軽い躓きは大事なチャンス、と云えるんじゃないかと。
足し算引き算、九九、今憶えられなくても
大人になっても出来ない、ということは無いでしょ?
必要性があれば必ずこの子は自分で憶えらる、と自分をいさめつつ
そういう時こそ自分の子を信じて
(それが出来ないとすれば、自分の当時を思い出してみて)、
淡々と宿題に向かわせ、
机に向かうその時間が何となく居心地のいい雰囲気であるように
冷静に、あったかく気長にフォローするべきかと。
…そういう意味で、小学校のうちは
わたしは個室よりも食卓での勉強や練習がいいな、と思います。
躓くには必ず、躓く石や穴があったせい。
そして、それを「自分で排除する」能力が大事。
躓く石を最初に指摘してあげられる時間が、夏休みなら、ある。
でも、指摘してもらうことに子供が慣れてしまうのでは、全然意味がない。
そして、それでは面白みがなさ過ぎて、続かない。
自分で躓きの原因を探ろうとする能力の方が、大事。
そして、その石を見つけ、自分で排除出来た、という結果を手にした時に、
初めて子供はやっていることへの興奮を覚えるんじゃないかと。
だから、ヒントだけあげて、行為自体は本人にゆだねる。
思考のパターンをいくつか挙げることが側にいる人の役目。
所謂、それをするための意味、目標をも込みで教えてあげること。
これが出来ると、あんなこと、こんなことも出来るんだよ、と。
時には、団欒の中などで、身近なところから例えを持ちだすのも、大事。
昔ながらに、子供を一人でお遣いにだすのも、
そういう意味で効果がある。
足し算引き算、九九が出来ないと、買い物はできない。
そればかりか、お母さんが普段
何故どうやって、いつもの商品を選んでいるのか
ともすれば、いつもはどの銘柄を買っていたのか…笑
沢山並ぶ商品の中から
お母さんの喜ぶ顔を想像しながら
財布に入れられた限られたお金の中で
それらを考え、結論を出すことは、果てしなく大事な経験かと。
そのためには、お母さんが全てを背負い、
べったり監視したり口出しをしたりするのではなく
思考の補助をするつもりで、傍で見ている、というくらいに
少し距離を置くことも大事かと。
そして、妙に入れ込み過ぎないこと。。。あくまで淡々と、優しく、静かなペースで
そっと、ふんわり包むように、空気を作って支える。
本人が自分で見つけて考え出したものでないと、身にはつかないから、
それを見つけ出すために、静かで優しい空間は大事。
そして、お母さん自身が精神的に追い詰められ、やられてしまったら
本末転倒だから
お母さんが幸せでいることが、何より大事。
子供の犠牲になって頑張る、など言い逃れで、成果は無い。
その思考では、自分で自分を、子供まで含めて、家族を損なっているだけ。
ヴァイオリンを教えていて思うに、伸びる子、というのは
お母さんがのんびり、ゆったりしている場合が多い。
傍から見ていて、あの子はあの習い事もこの習い事も
沢山やっていて
相当スパルタなんじゃないか、と想像するのは
案外間違いで、
お母さんの腹がくくられ、人生の指針がぶれていないことの方が大事で、
それがあれば
そんなにジタバタとすることはないから
家庭の中にいい空気が生まれる。
そして、そういうヴァイオリンの上手な子は、
たいして勉強時間もないはずなのに、成績もいい。
恐ろしいことに、これは大学受験くらいまで変わらない。
わたしの同級生にもそういう子がいたけれど、
ヴァイオリンで音大に行くか、勉強の方で医大にでも行くか、
とギリギリまで迷っていたような子は
音大に絞って過ごしていたわたしよりも
その時点ではずっとヴァイオリンが上手かった。笑
大学受験でもそうだけれど
受かる子は併願した所、全部受かったりする。
海外の一流で活躍するアーティストなどは、
音楽以外の専門分野で博士号を持っていたりする。
どれも、同じこと。
要は、人生に面白みを感じられているか、ということ。
お母さんがのんびりゆったりしている人の子というのは
精神的に成長するのが速い気がする。
脳の方も、多分、自発的な発見や行為を
自分から求めるように働く力を 速いペースで得ている気がする。
そういう子は、当然ながら無駄な体育会系の練習などしない。
何十分弾けばよし、などの練習もしない。
意味のあること、面白いこと、
努力の成果が見えることこそが面白く、
それしか常に求めないから無駄がない。
レッスンで言われたことが、次週に出来ればとりあえずそれでいいのだから
それを見つけるための練習方法を考える。
そして、その思考と行為自体が面白いと知っている。
そうしてみてみると、お母さんのするべきことというのは、
最低限の礼儀、など人間関係のノウハウはきちんと
折あるごとにピリっと締め、
あとは、軽くアドバイスする程度で、
側にいて眺めていてあげるくらいの空気が無いと
たぶん、無駄で辛いだけの子供との追いかけっこになってしまう。
子供は、縛られれば逃げようとするから。
それは、男の子も女の子も同じ。笑
お母さんの笑顔は大事。
お母さんも、子供のスケジュールを
お母さん自身の楽しみとして感じていなければ
無理だし、切ない。
そして、その切なさは、家族に苦痛として伝播する。
お父さんは、お母さんと連絡を密に。
お母さんの悩みを聞いてあげられるのは
お父さんしかいない。
お母さんのストレスは、即 子供に飛ぶから
そこはとても大事。
笑顔でお母さんの話の聞き役を。
子供には自分の仕事の話を。
お母さんが無理していそうなら、
数日お父さんが子供を預かるくらいの気持ちで…。
お母さんというのはそんな中から、お父さんへの感謝が生まれる。
実際のレッスン代や経費を稼いでくれているのも、
その最後の所が消えてしまったら
結末が寂しい。
家族を愛しているから、家族のために稼ぐ。
それを伝えるには、現金だけじゃ やはり無理。
当たり前のように存在することを、当たり前と思ったら、
なんでも失敗する。
夏休みが勝負。
落ち着いて、「自分自身の」個性と存在を信じて。
子供は、子供。
貴女の血をもっている、一番大事な他人なのだから
だからこそ、貴女の思うままにはならない。
支える、ということが すなわち待つことだって、ある。
それが出来るためには
まず、お母さんが精神的に自律・自立してること。
そうしたら、無駄が見えてくる。
不必要な切るべきものは、切れるようになる。
そういうお母さんを見ている子供は、自分でまたそれを見出せるようになる。
ヴァイオリンの出来る子は、成績もいいんです。。。
それは、何故なのか。
クラシックが脳の働きに良い、というのは
学術的なデータも多くありますが
(冷静さ、持続力、集中力、構成力、判断力などの能力を培います)
そういう実利的な点だけでは無く、
クラシックをしている家庭環境、それ自体に何か意味が隠されています。
そのキーは、多分に、お母さんの在り方じゃないかと思います。
成績を決めるのは、
まず、制限ある時間内で やっていることの質の高さ、効率の良さ。
そして、それを求めるには
本人だけが味わえる 発見の面白さと、達成の充足感が必須!!
まず、お母さんが傍で、ご自分のペースを作って下さい。
子供はお母さんを真似ます。
幼児期だけじゃなく、小学生になっても。
夏休み、自分のペースを持ったお母さんの作業の横で、勉強と練習を
させてあげて下さい。
ペースをつかみ、ヒントをもらえる夏休みが過ごせたら、
秋に、何らかの充足感を得るチャンスが二人に巡って来るでしょう。
勉強もヴァイオリンもどっちもうまくいかない、
時間が足りない、
そう思って
中学になったら部活まで始まってしまったから
仕方なくヴァイオリンを辞めてみたけど、
成果は変わってないみたい。。。
そういうお母さんは、まず最初に
この夏休み、お母さん、貴女自身の生きる目標を
貴女が存在している幸せな意味を、
考え直し、かみしめ直して
即、計画を立て子供と同じように実践してみて下さい。
家庭環境が大事、というのはそういうことだと思います。
夏休みが、勝負。
書こうと思います。
夏休み、遊ぶことが半ば目的の時間ですが
おうちの方としては、放っておけば一日遊びたがる子を
どう机に向かわせ、楽器ケースを開けさせるかの闘いに
ほとほと疲れてしまい、
果ては諦めてしまうパターンが多いのでは?と
我が子供時代を振り返りつつ、想像しています。笑
ヴァイオリンを続けさせたい、と思うなら
小学校1年生~3年生の夏のパターンはとても重要です。
どう重要か、
1、本人が困難を自分で克服する実力をつけるチャンス。
2、本人が秋に充足感を得るためのチャンス。
多分、塾などでも同じことを言われるのではないかと思いますが
そこでまたとても大事なことは、
1、周囲の同じ立場のお母さん情報を元に、本人を振り回さないこと。
2、お母さん自身が幸せであること。
子供のことを一番知っているのは、やはりどうしてもお母さん。
自分の子のペースは、その子独自のもので、絶対に他の子とは異なっている、と
全てのお母さんたちが自覚できるかどうか。
そして、その子がその人生を「歩きにくい」と思っている時に
(テストで点が取れなくて、お母さんに怒られる、などのことも
小学生にとっては「人生の歩きにくさ」ですよね…)
その道が行き止まりなら道が違うんだよ、こっちもあるよ、試しに行ってごらんよ、と
別のルートを見せてあげられるか、が要じゃないかと。
そしてそれは、子供を一番知っているお母さんのオリジナルであることが
かなり大事かな、と思う。
そのために、軽い躓きは大事なチャンス、と云えるんじゃないかと。
足し算引き算、九九、今憶えられなくても
大人になっても出来ない、ということは無いでしょ?
必要性があれば必ずこの子は自分で憶えらる、と自分をいさめつつ
そういう時こそ自分の子を信じて
(それが出来ないとすれば、自分の当時を思い出してみて)、
淡々と宿題に向かわせ、
机に向かうその時間が何となく居心地のいい雰囲気であるように
冷静に、あったかく気長にフォローするべきかと。
…そういう意味で、小学校のうちは
わたしは個室よりも食卓での勉強や練習がいいな、と思います。
躓くには必ず、躓く石や穴があったせい。
そして、それを「自分で排除する」能力が大事。
躓く石を最初に指摘してあげられる時間が、夏休みなら、ある。
でも、指摘してもらうことに子供が慣れてしまうのでは、全然意味がない。
そして、それでは面白みがなさ過ぎて、続かない。
自分で躓きの原因を探ろうとする能力の方が、大事。
そして、その石を見つけ、自分で排除出来た、という結果を手にした時に、
初めて子供はやっていることへの興奮を覚えるんじゃないかと。
だから、ヒントだけあげて、行為自体は本人にゆだねる。
思考のパターンをいくつか挙げることが側にいる人の役目。
所謂、それをするための意味、目標をも込みで教えてあげること。
これが出来ると、あんなこと、こんなことも出来るんだよ、と。
時には、団欒の中などで、身近なところから例えを持ちだすのも、大事。
昔ながらに、子供を一人でお遣いにだすのも、
そういう意味で効果がある。
足し算引き算、九九が出来ないと、買い物はできない。
そればかりか、お母さんが普段
何故どうやって、いつもの商品を選んでいるのか
ともすれば、いつもはどの銘柄を買っていたのか…笑
沢山並ぶ商品の中から
お母さんの喜ぶ顔を想像しながら
財布に入れられた限られたお金の中で
それらを考え、結論を出すことは、果てしなく大事な経験かと。
そのためには、お母さんが全てを背負い、
べったり監視したり口出しをしたりするのではなく
思考の補助をするつもりで、傍で見ている、というくらいに
少し距離を置くことも大事かと。
そして、妙に入れ込み過ぎないこと。。。あくまで淡々と、優しく、静かなペースで
そっと、ふんわり包むように、空気を作って支える。
本人が自分で見つけて考え出したものでないと、身にはつかないから、
それを見つけ出すために、静かで優しい空間は大事。
そして、お母さん自身が精神的に追い詰められ、やられてしまったら
本末転倒だから
お母さんが幸せでいることが、何より大事。
子供の犠牲になって頑張る、など言い逃れで、成果は無い。
その思考では、自分で自分を、子供まで含めて、家族を損なっているだけ。
ヴァイオリンを教えていて思うに、伸びる子、というのは
お母さんがのんびり、ゆったりしている場合が多い。
傍から見ていて、あの子はあの習い事もこの習い事も
沢山やっていて
相当スパルタなんじゃないか、と想像するのは
案外間違いで、
お母さんの腹がくくられ、人生の指針がぶれていないことの方が大事で、
それがあれば
そんなにジタバタとすることはないから
家庭の中にいい空気が生まれる。
そして、そういうヴァイオリンの上手な子は、
たいして勉強時間もないはずなのに、成績もいい。
恐ろしいことに、これは大学受験くらいまで変わらない。
わたしの同級生にもそういう子がいたけれど、
ヴァイオリンで音大に行くか、勉強の方で医大にでも行くか、
とギリギリまで迷っていたような子は
音大に絞って過ごしていたわたしよりも
その時点ではずっとヴァイオリンが上手かった。笑
大学受験でもそうだけれど
受かる子は併願した所、全部受かったりする。
海外の一流で活躍するアーティストなどは、
音楽以外の専門分野で博士号を持っていたりする。
どれも、同じこと。
要は、人生に面白みを感じられているか、ということ。
お母さんがのんびりゆったりしている人の子というのは
精神的に成長するのが速い気がする。
脳の方も、多分、自発的な発見や行為を
自分から求めるように働く力を 速いペースで得ている気がする。
そういう子は、当然ながら無駄な体育会系の練習などしない。
何十分弾けばよし、などの練習もしない。
意味のあること、面白いこと、
努力の成果が見えることこそが面白く、
それしか常に求めないから無駄がない。
レッスンで言われたことが、次週に出来ればとりあえずそれでいいのだから
それを見つけるための練習方法を考える。
そして、その思考と行為自体が面白いと知っている。
そうしてみてみると、お母さんのするべきことというのは、
最低限の礼儀、など人間関係のノウハウはきちんと
折あるごとにピリっと締め、
あとは、軽くアドバイスする程度で、
側にいて眺めていてあげるくらいの空気が無いと
たぶん、無駄で辛いだけの子供との追いかけっこになってしまう。
子供は、縛られれば逃げようとするから。
それは、男の子も女の子も同じ。笑
お母さんの笑顔は大事。
お母さんも、子供のスケジュールを
お母さん自身の楽しみとして感じていなければ
無理だし、切ない。
そして、その切なさは、家族に苦痛として伝播する。
お父さんは、お母さんと連絡を密に。
お母さんの悩みを聞いてあげられるのは
お父さんしかいない。
お母さんのストレスは、即 子供に飛ぶから
そこはとても大事。
笑顔でお母さんの話の聞き役を。
子供には自分の仕事の話を。
お母さんが無理していそうなら、
数日お父さんが子供を預かるくらいの気持ちで…。
お母さんというのはそんな中から、お父さんへの感謝が生まれる。
実際のレッスン代や経費を稼いでくれているのも、
その最後の所が消えてしまったら
結末が寂しい。
家族を愛しているから、家族のために稼ぐ。
それを伝えるには、現金だけじゃ やはり無理。
当たり前のように存在することを、当たり前と思ったら、
なんでも失敗する。
夏休みが勝負。
落ち着いて、「自分自身の」個性と存在を信じて。
子供は、子供。
貴女の血をもっている、一番大事な他人なのだから
だからこそ、貴女の思うままにはならない。
支える、ということが すなわち待つことだって、ある。
それが出来るためには
まず、お母さんが精神的に自律・自立してること。
そうしたら、無駄が見えてくる。
不必要な切るべきものは、切れるようになる。
そういうお母さんを見ている子供は、自分でまたそれを見出せるようになる。
ヴァイオリンの出来る子は、成績もいいんです。。。
それは、何故なのか。
クラシックが脳の働きに良い、というのは
学術的なデータも多くありますが
(冷静さ、持続力、集中力、構成力、判断力などの能力を培います)
そういう実利的な点だけでは無く、
クラシックをしている家庭環境、それ自体に何か意味が隠されています。
そのキーは、多分に、お母さんの在り方じゃないかと思います。
成績を決めるのは、
まず、制限ある時間内で やっていることの質の高さ、効率の良さ。
そして、それを求めるには
本人だけが味わえる 発見の面白さと、達成の充足感が必須!!
まず、お母さんが傍で、ご自分のペースを作って下さい。
子供はお母さんを真似ます。
幼児期だけじゃなく、小学生になっても。
夏休み、自分のペースを持ったお母さんの作業の横で、勉強と練習を
させてあげて下さい。
ペースをつかみ、ヒントをもらえる夏休みが過ごせたら、
秋に、何らかの充足感を得るチャンスが二人に巡って来るでしょう。
勉強もヴァイオリンもどっちもうまくいかない、
時間が足りない、
そう思って
中学になったら部活まで始まってしまったから
仕方なくヴァイオリンを辞めてみたけど、
成果は変わってないみたい。。。
そういうお母さんは、まず最初に
この夏休み、お母さん、貴女自身の生きる目標を
貴女が存在している幸せな意味を、
考え直し、かみしめ直して
即、計画を立て子供と同じように実践してみて下さい。
家庭環境が大事、というのはそういうことだと思います。
夏休みが、勝負。
2011年06月15日
126.レッスン等ご依頼される方の連絡先について
生徒さんのレッスンや演奏のご依頼について、こちらのブログのメッセージ欄から
ありがたく御連絡を頂く機会にこれまで幾度も恵まれてまいりましたが、
時折、どうしてもご返信できないことがあり、
せっかくのお申し出に御回答できない場合がございます。
今一度、メッセージのご送信の前に、ご自身のメールアドレスなどの連絡先を確認して頂きたく
ひとつ記事にさせて頂きます。
返信できない主な理由として考えられるのは、
●迷惑メール設定が、ご自身の知らないうちに、パソコンメール拒否になっている
●メッセージ欄のご自分のアドレスを書き間違えている
のいづれかだと思われます。
メッセージに返信をお求めの際は、今一度、上記二点をご確認くださいますよう お願い申し上げます。
そこで、…本日午前中に頂きました方のメールにつきましても、
申し訳ございませんが、どうしてもわたしからの返信メールが届かないようで
”reason: 550 Unknown user”として戻ってきてしまいますので、
もしよろしければ
再度 御連絡頂けますと幸いです。
なお今後、確実に返信連絡させて頂くために、もし可能な方は
メールアドレスだけではなく、お電話番号もお書き添え頂けますと、大変助かります。
どうぞ宜しくお願い致します。
ありがたく御連絡を頂く機会にこれまで幾度も恵まれてまいりましたが、
時折、どうしてもご返信できないことがあり、
せっかくのお申し出に御回答できない場合がございます。
今一度、メッセージのご送信の前に、ご自身のメールアドレスなどの連絡先を確認して頂きたく
ひとつ記事にさせて頂きます。
返信できない主な理由として考えられるのは、
●迷惑メール設定が、ご自身の知らないうちに、パソコンメール拒否になっている
●メッセージ欄のご自分のアドレスを書き間違えている
のいづれかだと思われます。
メッセージに返信をお求めの際は、今一度、上記二点をご確認くださいますよう お願い申し上げます。
そこで、…本日午前中に頂きました方のメールにつきましても、
申し訳ございませんが、どうしてもわたしからの返信メールが届かないようで
”reason: 550 Unknown user”として戻ってきてしまいますので、
もしよろしければ
再度 御連絡頂けますと幸いです。
なお今後、確実に返信連絡させて頂くために、もし可能な方は
メールアドレスだけではなく、お電話番号もお書き添え頂けますと、大変助かります。
どうぞ宜しくお願い致します。
2011年06月15日
125.教室の開講時間などのご案内
さて、当教室も開講して1年半となりました。
今後お申込みされることを検討している方のために、
現状のレッスンの日程について、お知らせいたします。
土日月 浜松教室
水木金 名古屋本山教室
と、現在基本的にはなっております。
今まではお好きな時間を選んで頂くことに、それなりの余裕がありましたが
現在少々それが難しくなってきております。
今後受講ご希望の方をお受けするにあたり、
月に3回以上の定期的なレッスンをお受け出来る時間帯と人数は、以下の通りです。
【浜松】 幼児の方~大人の方
・日曜日(しばしば土曜日になることもあります);18時以降 1名
・月曜日;15時~16時半 1名
【名古屋】 年長さん~大人の方
・金曜日;午前11時~ 1名(月に2回程度の大人の方)
・水・金 17時~18時 2名(1時間しか取れないので、子供さん向き。)
・水・金 20時以降 1名
名古屋での月に一度くらいのペースをご希望の大人の方につきましては、
名古屋・水~金の日中及び 水~金20時以降の融通はまだ効きますが、
名古屋金の夕方18時半~と、名古屋土日のレッスン枠は 現在定員です。
以上、お申し込みの際のご参考にして下さいませ。
今後お申込みされることを検討している方のために、
現状のレッスンの日程について、お知らせいたします。
土日月 浜松教室
水木金 名古屋本山教室
と、現在基本的にはなっております。
今まではお好きな時間を選んで頂くことに、それなりの余裕がありましたが
現在少々それが難しくなってきております。
今後受講ご希望の方をお受けするにあたり、
月に3回以上の定期的なレッスンをお受け出来る時間帯と人数は、以下の通りです。
【浜松】 幼児の方~大人の方
・日曜日(しばしば土曜日になることもあります);18時以降 1名
・月曜日;15時~16時半 1名
【名古屋】 年長さん~大人の方
・金曜日;午前11時~ 1名(月に2回程度の大人の方)
・水・金 17時~18時 2名(1時間しか取れないので、子供さん向き。)
・水・金 20時以降 1名
名古屋での月に一度くらいのペースをご希望の大人の方につきましては、
名古屋・水~金の日中及び 水~金20時以降の融通はまだ効きますが、
名古屋金の夕方18時半~と、名古屋土日のレッスン枠は 現在定員です。
以上、お申し込みの際のご参考にして下さいませ。
2011年05月21日
124.師の演奏会を前に…
来る6月5日日曜日に、わたしの尊敬してやまない
北垣紀子先生のリサイタルがあります。

リサイタル、とはいえ日曜日の昼のティータイムのコンサートですので
設定的にはお得なコンサート、という出で立ちですが、
内容的にはその扱いが勿体ないほどのものだと思います。
そもそも、二千円、という値段が。。。え;、マジ?、という感じです。
それでも一方で、そこはラッキーと、浜松教室の皆さんにもご案内させて頂きました。
浜松から名古屋まで演奏会に来るのは、やはり大変ですから、
むしろ、本当にありがたいチャンスだったかもしれませんね。
一昨日、ホールさんに尋ねてみたら残数20枚、そして先生の処も15枚、と
さすがの私も焦りまくりの数字で、
ま、出足の遅い私らしい経過でしたが、先生のおかげで無事必要分が入手できました。
さて、これを機に 今日は、今の自分に至る、この約15年の自分のヴァイオリン話でも
書いてみようかと思います。
わたしが北垣先生に出会ったのは大学二年生の時。
一年生の時についていた小林久子先生がフランスに行かれてしまい、
ある日大学の事務局から電話。
「瀬戸瑤子先生と北垣紀子先生が代わりに来年度からお見えになりますが、
どちらの先生が良いとか、希望はありますか?」とのこと。
当時、既に自分のヴァイオリンの才能にはほとほと諦めの境地だったので
(音大生になったこと自体が、マグレ中の不幸 とも感じているくらいの状況だった)
正直、自分がこうである以上どちらの先生でも同じだろうな、と思い
「お任せ致します」の一言で、それは終わりだった。
結果的に、おかげで?北垣先生のレッスンが、卒業するまで続けられた。
レッスン室に入ると、必ずと言っていいほど 前の子が泣いている。
北垣先生を音高で知っていた友人たちは、「先生怖いでしょー。笑」と
お決まりの挨拶のように言うし。。。
でも、ただ「怖い」という一言にするのは、ちょっと外れていて
むしろ、彼女の叱咤で涙が出るというのは「私が出来ないから駄目なんだ」という “自己嫌悪的悔しさ”に、その場で変換される結果だと思う。
そして先生は、ひたむきなほど 常に真剣勝負なのだ。だらだらとする雰囲気は一切ない。
怒る、と 真面目、が 厳しいという紙の裏表、というのか…。
だから、真面目な人しか、さめざめとは泣いていないのである。
それはもう、先生と生徒の絵に描いたような、クラーい…第三者がそこに居合わせるのは気まずいような空気が流れている。(…懐かしい。が、私は二度とご免だ。爆)
で、故に…。自分の実力に見切りが付いていた、不真面目とも言うべき自分は、珍しく、彼女のレッスンで泣くことが ほぼ、無い生徒だった。。。(二回くらいはあったと思うが…)
自己嫌悪になるような、望みや欲自体が、自分の中にない。だから、涙の出ようもないのである。
言われることはもっともなことばかりだし、下手すれば初めて知ることばかり。
「あぁ、そうか…そうですよね、ハイ。」で終わり。涙なし。笑;
本人にしてみれば諦めの境地なのだから仕方ないのだが、
先生からしてみれば、本当に基本的な処で手に負えない、教え甲斐のない生徒だったと思う。…;
なにしろ、鬼の北垣、の裏名を取るほどの?先生に対し
「先生、今週あまり練習してこなかったので、資料館の展覧会でも、観に行きませんか?」
なんて言って、それでも先生は「あら、いいわよ」なんて
サクサクとレッスン室を一緒に出て下さる。
小さな大学の芸術資料館で展示されているいくつもの美術品を
本来ならレッスン時間という時に、先生とのんびり眺めながら歩いた楽しさは、
劣等生にしか許されない密かな喜びだったかも。。。笑
もっとも、その頃…大学4年だたと思う…には先生も、私がオケで真面目にヴァイオリンを弾き続ける輩になるとはもう 思っていなかっただろうが…。
レッスンの開始後 約3ヶ月、前期試験の直前まで徹底的にデダーシェを身につける訓練だった。
毎回毎回、レッスンのたびに、ガジガジゴリゴリザリザリと、擦弦しまくるレッスンが、3ヶ月!!
飲み込みが悪かったのも確かだと思うが、
困ったもので、デダーシェという、基本的な言葉すら
私はそれまで聴いたこともなかったのだから、いったい…という具合。
まぁ、それも私の音楽経歴の上での運命だったのだから、今思えば仕方ない。
右手の持ち方、腕の動かし方、左手の小指、
今まで何を習って来ていたのかと思うほど、全てを変えることに始まり、
それは、ある日突然レッスン中に、自分の楽器の「鳴り」が変わる、という結果をおこして
まさしく 自分の音に おったまげた!笑
ほぉ。。。ヴァイオリンて、こんな音がするものなのか、と…。
思わず自分の楽器を、F字孔の辺りからまじまじと眺めてしまうような状況。
物憶えは悪い、のんびり気質なのにいつまでも道草ばかりをする、という私には、
先生もさぞイライラされたことだろう…。
こちらとしても、まぁ、先生の弟子になるのが遅かったな、もっと早く出会えていたらな、くらいで
自分のヴァイオリンの実力には、既に一年生の頃からしっかり諦めモードに浸かっていた。
大学の成績も何だか出来レースのような観が自分には否めなかったし、
ま、この程度なら、大学を出てぼちぼちやったら、いずれは続かないだろうし、辞めるんだろうな、程度に自覚していた。
でも、彼女に初めて習ったことは、本当に沢山あった。
コンチェルトなどの、試験曲のピアノ合わせも、懐かしい。
それまで発表会で弾く時には、いつでも、ヴァイオリニストは勝手に弾く、
ピアニストがそれに合わせるのが当然、との環境にいたし
それまで習っていた先生も、生徒に正確に弾くことを求められなかったせいもあろうが
合わせの時にはピアニストに要求するだけだった。
が、北垣先生は違った。
今にして思えば、当然 のことなのだが、ピアニストにはほぼいつも、要求は無い。
あったとしても、音色の指示とか、タイミング待ちの読み方くらい。
怒られるのはこっち。笑 「勝手に弾いちゃだめでしょ!」と。
正しい。。。オケと共演するのだから、オケと一緒に弾けなきゃいけないんだ、と
そんなことも、彼女から初めて習うことだった。
更には、立ち方、楽器のメンテ、
あるいは「実際に真剣に声に出して歌ってみる」という大事な方法に至るまで、
今の私の演奏のベースとなっているもの全てが、彼女あってのものだと思う程
それは本当に 基本的な、
そして基本的なものだからこそ
私自身の魂という個人を殺さない、素晴らしいものだった。
そして勿論、上がり症だった自分が人前で弾く時の恐怖も 付随的に減った。
ちゃんとやっていれば、ちゃんと弾けるんだな、という
当たり前のような…しかし誰にでも教えられるわけではない凄いことを、
彼女に付いている間にやっと、発見したのだ。笑
以来、、、生徒さんを教えるにあたっては
私は彼女から得ることのできたものを、最大限に伝えたい、と思うようになった。
けれども そのためには、まず自分がそれなりのところに達しなくてはならず
先に書いたように、自分の実力に見切りをつけていた位な状況だから
(それでもこの頃、北垣先生の3年間のお陰で「最低限」は弾ける程度に、成長してはいたと思う。)
名目だけでもオケに入る、という手段を持ってして
それならお金を得るなりに弾けないとマズイ、という現実の助け
あるいは、指揮者の演奏改善指示に、毎回指揮者が違うにも拘らず、毎回共通項があるのじゃないか?という疑問がなければ
自分にはやはり、無理だったかもしれない。笑
そして、結果オーライではあったのだが
反面 今更この歳で、しかもお金を稼ぎながら、情けない、という気持ちと闘いつつ
20代も半ばになって、 北垣先生から教えられた全ての技法上の記憶と
このままじゃ自分なんて使いものにならないから、一からやり直すべきだ、という気概一つで
セブシックほぼ全巻、シェラディーク、カイザー、クロイツェル、…
今まで中途半端なまま放置していたものから
初めて向き合うもの、自分で探してきたものまで、思いつくもの全てを個人的にやり直した。
でもそれは、素晴らしい発見、の連続だった。。。
もっと、速くから これに気付けば、とも思ったが
尻に火がつかない、あるいは ネジを巻くにはきっかけがなかった自分には
これもまた、運命のタイミングなのだろう、と
「大器晩成」という言葉だけ、とりあえずくじけず頑張り続けるために
都合のよい座右の銘にして(笑)
徹底的に 一から見直しをした。
音程、構え方、運弓。ぜ・ん・ぶ…。
色々な名教授の本を惜しまず買って、重い本を何処へも持ち歩き
書いてあることを可能な限り、弾きながら整理した。
そう…平均律についての疑問を持ち始め、純正律にこだわりを持ち始めたのも、この頃。
自分の手に一番合う楽器と身体の配置を見つけ出し、
一生出来ないだろうと思っていた技巧曲にも「弾けないものがそもそもこの世に存在しているはずが無い」「誰かに弾けて私に弾けない肉体的根拠が無い」と無理やり考えて挑戦し、
やらなかったコンチェルトにも、オケ仕事の縁がある度に 出来るだけ期間中に譜読みを仕上げるつもりでソロ部に一通り目を通した。
気付くのが遅かった自分の、30駆け込みぎりぎりタイミングでの
そしてヴァイオリン開始から約15年にして初めての、楽器との真面目な向き合いだった。
30までに何とかしたい、と とにかく、意識を崩さず、やってみた。
崩さず、というより 初めて手応えを感じて、練習するのが面白い、
そして意義あることなのだ、とやっと理解できた。
…そして、その後も自分なりに ひたひたと続けているのが
カール・フレッシュのスケールと、バッハの無伴奏、パガニーニのカプリス そして
ボウイング、なのだ。。。
彼女から教えてもらった全てが、自分にとってこの十年、そこに帰結している。
彼女の音楽性と、私の音楽性は、当然ながら異なる。
でも、彼女の演奏の安定感と、無駄が無いからこその効果的な奏法は
努力出来る人には誰にでも、どんな曲にも適応出来る、…弾けない曲がない、とさせてくれる
とても有効なものだと、今でも信じている。
北垣紀子先生に出会わなかったら、今 私はもうとうに ヴァイオリンは弾いていなかったと思う。
たった3年間、教えを仰いだだけだったけれども
その3年間の濃さは、言うまでもなく
その後の 自己鍛錬の15年を、記憶の中での彼女の教授がずっと私を支えてくれていた。
ヴァイオリンに対して 弱腰で 全くやる気の無かった私を
時が 彼女の技術と溶け合って、ここまでの…まだここまでの…私に変えてくれた。
そして、この今の私のヴァイオリンとの関係があるからこそ
生徒さんたちに、お客さんたちに、同僚たちに 出会えた。
…そう、私が教えているのは、北垣先生の孫弟子なんだね…♪
彼女の名に、存在に、恥じないよう、大事にきちんと「ヴァイオリンの音」を伝えていきたいと思う。
大学4年生の前期試験で弾いた、ドヴォルザークのコンチェルト…
1楽章の第二テーマの美しさが、彼女の音の記憶と 未だに重なる。
少しもの哀しい、東欧の秋の足音…黄金色の枯葉が舞い散る秋風。
グレーの雲、すぐに雪が降り出しそうな寒気。
中世のグレーの石の街並みと 黄金色の木の葉を落とす、すこし寂しい一陣の秋の風、
そして、そこに存る人々の地味なほどに真面目で温かな営み、
だからこそ生まれる情熱的なほどの実直な歌声。。。
私にとっての北垣先生の音は、そこに あるような気がする。

北垣紀子先生のリサイタルがあります。

リサイタル、とはいえ日曜日の昼のティータイムのコンサートですので
設定的にはお得なコンサート、という出で立ちですが、
内容的にはその扱いが勿体ないほどのものだと思います。
そもそも、二千円、という値段が。。。え;、マジ?、という感じです。
それでも一方で、そこはラッキーと、浜松教室の皆さんにもご案内させて頂きました。
浜松から名古屋まで演奏会に来るのは、やはり大変ですから、
むしろ、本当にありがたいチャンスだったかもしれませんね。
一昨日、ホールさんに尋ねてみたら残数20枚、そして先生の処も15枚、と
さすがの私も焦りまくりの数字で、
ま、出足の遅い私らしい経過でしたが、先生のおかげで無事必要分が入手できました。
さて、これを機に 今日は、今の自分に至る、この約15年の自分のヴァイオリン話でも
書いてみようかと思います。
わたしが北垣先生に出会ったのは大学二年生の時。
一年生の時についていた小林久子先生がフランスに行かれてしまい、
ある日大学の事務局から電話。
「瀬戸瑤子先生と北垣紀子先生が代わりに来年度からお見えになりますが、
どちらの先生が良いとか、希望はありますか?」とのこと。
当時、既に自分のヴァイオリンの才能にはほとほと諦めの境地だったので
(音大生になったこと自体が、マグレ中の不幸 とも感じているくらいの状況だった)
正直、自分がこうである以上どちらの先生でも同じだろうな、と思い
「お任せ致します」の一言で、それは終わりだった。
結果的に、おかげで?北垣先生のレッスンが、卒業するまで続けられた。
レッスン室に入ると、必ずと言っていいほど 前の子が泣いている。
北垣先生を音高で知っていた友人たちは、「先生怖いでしょー。笑」と
お決まりの挨拶のように言うし。。。
でも、ただ「怖い」という一言にするのは、ちょっと外れていて
むしろ、彼女の叱咤で涙が出るというのは「私が出来ないから駄目なんだ」という “自己嫌悪的悔しさ”に、その場で変換される結果だと思う。
そして先生は、ひたむきなほど 常に真剣勝負なのだ。だらだらとする雰囲気は一切ない。
怒る、と 真面目、が 厳しいという紙の裏表、というのか…。
だから、真面目な人しか、さめざめとは泣いていないのである。
それはもう、先生と生徒の絵に描いたような、クラーい…第三者がそこに居合わせるのは気まずいような空気が流れている。(…懐かしい。が、私は二度とご免だ。爆)
で、故に…。自分の実力に見切りが付いていた、不真面目とも言うべき自分は、珍しく、彼女のレッスンで泣くことが ほぼ、無い生徒だった。。。(二回くらいはあったと思うが…)
自己嫌悪になるような、望みや欲自体が、自分の中にない。だから、涙の出ようもないのである。
言われることはもっともなことばかりだし、下手すれば初めて知ることばかり。
「あぁ、そうか…そうですよね、ハイ。」で終わり。涙なし。笑;
本人にしてみれば諦めの境地なのだから仕方ないのだが、
先生からしてみれば、本当に基本的な処で手に負えない、教え甲斐のない生徒だったと思う。…;
なにしろ、鬼の北垣、の裏名を取るほどの?先生に対し
「先生、今週あまり練習してこなかったので、資料館の展覧会でも、観に行きませんか?」
なんて言って、それでも先生は「あら、いいわよ」なんて
サクサクとレッスン室を一緒に出て下さる。
小さな大学の芸術資料館で展示されているいくつもの美術品を
本来ならレッスン時間という時に、先生とのんびり眺めながら歩いた楽しさは、
劣等生にしか許されない密かな喜びだったかも。。。笑
もっとも、その頃…大学4年だたと思う…には先生も、私がオケで真面目にヴァイオリンを弾き続ける輩になるとはもう 思っていなかっただろうが…。
レッスンの開始後 約3ヶ月、前期試験の直前まで徹底的にデダーシェを身につける訓練だった。
毎回毎回、レッスンのたびに、ガジガジゴリゴリザリザリと、擦弦しまくるレッスンが、3ヶ月!!
飲み込みが悪かったのも確かだと思うが、
困ったもので、デダーシェという、基本的な言葉すら
私はそれまで聴いたこともなかったのだから、いったい…という具合。
まぁ、それも私の音楽経歴の上での運命だったのだから、今思えば仕方ない。
右手の持ち方、腕の動かし方、左手の小指、
今まで何を習って来ていたのかと思うほど、全てを変えることに始まり、
それは、ある日突然レッスン中に、自分の楽器の「鳴り」が変わる、という結果をおこして
まさしく 自分の音に おったまげた!笑
ほぉ。。。ヴァイオリンて、こんな音がするものなのか、と…。
思わず自分の楽器を、F字孔の辺りからまじまじと眺めてしまうような状況。
物憶えは悪い、のんびり気質なのにいつまでも道草ばかりをする、という私には、
先生もさぞイライラされたことだろう…。
こちらとしても、まぁ、先生の弟子になるのが遅かったな、もっと早く出会えていたらな、くらいで
自分のヴァイオリンの実力には、既に一年生の頃からしっかり諦めモードに浸かっていた。
大学の成績も何だか出来レースのような観が自分には否めなかったし、
ま、この程度なら、大学を出てぼちぼちやったら、いずれは続かないだろうし、辞めるんだろうな、程度に自覚していた。
でも、彼女に初めて習ったことは、本当に沢山あった。
コンチェルトなどの、試験曲のピアノ合わせも、懐かしい。
それまで発表会で弾く時には、いつでも、ヴァイオリニストは勝手に弾く、
ピアニストがそれに合わせるのが当然、との環境にいたし
それまで習っていた先生も、生徒に正確に弾くことを求められなかったせいもあろうが
合わせの時にはピアニストに要求するだけだった。
が、北垣先生は違った。
今にして思えば、当然 のことなのだが、ピアニストにはほぼいつも、要求は無い。
あったとしても、音色の指示とか、タイミング待ちの読み方くらい。
怒られるのはこっち。笑 「勝手に弾いちゃだめでしょ!」と。
正しい。。。オケと共演するのだから、オケと一緒に弾けなきゃいけないんだ、と
そんなことも、彼女から初めて習うことだった。
更には、立ち方、楽器のメンテ、
あるいは「実際に真剣に声に出して歌ってみる」という大事な方法に至るまで、
今の私の演奏のベースとなっているもの全てが、彼女あってのものだと思う程
それは本当に 基本的な、
そして基本的なものだからこそ
私自身の魂という個人を殺さない、素晴らしいものだった。
そして勿論、上がり症だった自分が人前で弾く時の恐怖も 付随的に減った。
ちゃんとやっていれば、ちゃんと弾けるんだな、という
当たり前のような…しかし誰にでも教えられるわけではない凄いことを、
彼女に付いている間にやっと、発見したのだ。笑
以来、、、生徒さんを教えるにあたっては
私は彼女から得ることのできたものを、最大限に伝えたい、と思うようになった。
けれども そのためには、まず自分がそれなりのところに達しなくてはならず
先に書いたように、自分の実力に見切りをつけていた位な状況だから
(それでもこの頃、北垣先生の3年間のお陰で「最低限」は弾ける程度に、成長してはいたと思う。)
名目だけでもオケに入る、という手段を持ってして
それならお金を得るなりに弾けないとマズイ、という現実の助け
あるいは、指揮者の演奏改善指示に、毎回指揮者が違うにも拘らず、毎回共通項があるのじゃないか?という疑問がなければ
自分にはやはり、無理だったかもしれない。笑
そして、結果オーライではあったのだが
反面 今更この歳で、しかもお金を稼ぎながら、情けない、という気持ちと闘いつつ
20代も半ばになって、 北垣先生から教えられた全ての技法上の記憶と
このままじゃ自分なんて使いものにならないから、一からやり直すべきだ、という気概一つで
セブシックほぼ全巻、シェラディーク、カイザー、クロイツェル、…
今まで中途半端なまま放置していたものから
初めて向き合うもの、自分で探してきたものまで、思いつくもの全てを個人的にやり直した。
でもそれは、素晴らしい発見、の連続だった。。。
もっと、速くから これに気付けば、とも思ったが
尻に火がつかない、あるいは ネジを巻くにはきっかけがなかった自分には
これもまた、運命のタイミングなのだろう、と
「大器晩成」という言葉だけ、とりあえずくじけず頑張り続けるために
都合のよい座右の銘にして(笑)
徹底的に 一から見直しをした。
音程、構え方、運弓。ぜ・ん・ぶ…。
色々な名教授の本を惜しまず買って、重い本を何処へも持ち歩き
書いてあることを可能な限り、弾きながら整理した。
そう…平均律についての疑問を持ち始め、純正律にこだわりを持ち始めたのも、この頃。
自分の手に一番合う楽器と身体の配置を見つけ出し、
一生出来ないだろうと思っていた技巧曲にも「弾けないものがそもそもこの世に存在しているはずが無い」「誰かに弾けて私に弾けない肉体的根拠が無い」と無理やり考えて挑戦し、
やらなかったコンチェルトにも、オケ仕事の縁がある度に 出来るだけ期間中に譜読みを仕上げるつもりでソロ部に一通り目を通した。
気付くのが遅かった自分の、30駆け込みぎりぎりタイミングでの
そしてヴァイオリン開始から約15年にして初めての、楽器との真面目な向き合いだった。
30までに何とかしたい、と とにかく、意識を崩さず、やってみた。
崩さず、というより 初めて手応えを感じて、練習するのが面白い、
そして意義あることなのだ、とやっと理解できた。
…そして、その後も自分なりに ひたひたと続けているのが
カール・フレッシュのスケールと、バッハの無伴奏、パガニーニのカプリス そして
ボウイング、なのだ。。。
彼女から教えてもらった全てが、自分にとってこの十年、そこに帰結している。
彼女の音楽性と、私の音楽性は、当然ながら異なる。
でも、彼女の演奏の安定感と、無駄が無いからこその効果的な奏法は
努力出来る人には誰にでも、どんな曲にも適応出来る、…弾けない曲がない、とさせてくれる
とても有効なものだと、今でも信じている。
北垣紀子先生に出会わなかったら、今 私はもうとうに ヴァイオリンは弾いていなかったと思う。
たった3年間、教えを仰いだだけだったけれども
その3年間の濃さは、言うまでもなく
その後の 自己鍛錬の15年を、記憶の中での彼女の教授がずっと私を支えてくれていた。
ヴァイオリンに対して 弱腰で 全くやる気の無かった私を
時が 彼女の技術と溶け合って、ここまでの…まだここまでの…私に変えてくれた。
そして、この今の私のヴァイオリンとの関係があるからこそ
生徒さんたちに、お客さんたちに、同僚たちに 出会えた。
…そう、私が教えているのは、北垣先生の孫弟子なんだね…♪
彼女の名に、存在に、恥じないよう、大事にきちんと「ヴァイオリンの音」を伝えていきたいと思う。
大学4年生の前期試験で弾いた、ドヴォルザークのコンチェルト…
1楽章の第二テーマの美しさが、彼女の音の記憶と 未だに重なる。
少しもの哀しい、東欧の秋の足音…黄金色の枯葉が舞い散る秋風。
グレーの雲、すぐに雪が降り出しそうな寒気。
中世のグレーの石の街並みと 黄金色の木の葉を落とす、すこし寂しい一陣の秋の風、
そして、そこに存る人々の地味なほどに真面目で温かな営み、
だからこそ生まれる情熱的なほどの実直な歌声。。。
私にとっての北垣先生の音は、そこに あるような気がする。

2011年05月16日
123.白い花の季節
三ヶ日の庭が、いい季節になりました。
レッスンがないときでも、遊びにいらしてください。
花たちが迎えてくれます。
昨日は奥浜名湖駅に到着するや否や
その場で鶯の声がお出迎え。
ホーッホケキョ、と透けるような美声。

うちまで来ると、花、花、花。
先日の発表会が雨だったのが本当に惜しまれるような
(あの時は芍薬が実は、見事に咲いていたんです…)
五月の薫りが麗しい季節です。
今年は蜜柑の花の咲くのも遅かったのですが
今は、ほろ苦い、いい香りがたちこめていて
ここにずっといると、贅沢なもので、気づかなくなってしまいます…。
まず、圧巻だったのはマーガレット。
この素朴な白い花は、ここの土によく合うのか、私が幼少の頃から
この季節の定番ですが、
家の建替えをしてからは、久し振りにお目見えしてくれました。

この原種のような大ぶりのマーガレットは
お店での売り物としては滅多にお目にかかれないので、意外に貴重。
そして、菊の仲間なので切花にも向いています。
花期もこれから梅雨時と長いので、欲しい方はお伝えくださいね。
これからは毎年、庭を埋め尽くすほどに増えて、咲いていくと思いますから
ご遠慮なく。
清楚なあやめ。去年植えたもので、ここでは二度目のお誕生日。

こちらは、もう十年以上、全く植えた覚えの無いところに
突然あったバラ。
どんな花が咲くのかわからずも、楽しみに、おそらく15年近く
放っておいたのです。
そうしたら…

こんなに可愛く美しい、小さな花。
これぞ、ワイルドローズ、野ばら ですね。
植えた覚えがない、といえば こちらも。。。

車の出入りに、ちょっとかすりそうな位置に生えてしまい
どうしたものかと思っては、
どうもマトモな庭木になりそうな姿に見えたので
そのままにしておいたら、こちらもこんなに可愛らしい小さな花が…。
何という植物なのでしょうか?
うちに何箇所か生えているシャリンバイに似ているけど、
それより葉が小さい…。(今調べたら、シャリンバイは種類が多いらしいし、日向の海岸によく自生するとあるので、きっとシャリンバイなんですね…車輪梅、葉が車輪のように出ているからだそう…これもそうよね。秋に黒い実がついたら、シャリンバイと確定ですね。)
きっと、鳥が運んだ種から生えたのでしょう。
ちなみに…シャリンバイは、バラ科だそうです。

こちらは、バイカウツギ…梅花宇津木。
昨年植えましたが、小さな苗が、1メートルほどの立派なものに育ってくれました。
木々たちというのは、そのサイズ感も手伝ってか 子どもを育てているみたいに可愛らしく想え、
だからこそ大きくなってくれるというのは、訳もなく嬉しいものなんですよ…。
脇には、夕化粧、なんていう艶やかな名前のピンクの草も寄り添うように咲いていました。
今はまだそんなに暑くないので、昼間でも咲いていますが
夏になると、本当に夕方咲くんですよ。彼女の写真はまた次回。
さてさて、白い花が多く、初夏らしさを覚えます。
緑の茂みの濡れたような若葉と、素朴な白い花のコントラストは
本当に美しいものだと想います。
先月までは黄色い花ばかりだったのに、いつの間にこんなに白い花ばかりに…!
月日の経つのは早いものですね。
そういえば、時折まざるピンクの野草
も可愛いです。

通常は一重のはずの、どうということのない
ムラサキカタバミのはず…なのに、ちょっと驚きつつ発見した八重咲き。
野草でも、ちょっと個性の強い変わり者君が
こうして時々混ざるんですね。初めて見たけど八重もなかなか綺麗です。
こちらも、どうということのない草の花ですが、
こうして群れ咲くとインパクトも有り、かわいらしいですね。
名前はご存知ですか?…

ニワゼキショウ…庭石菖といいます。
漢字にすると おや?と思うとおり、アヤメ科なんですって。
色があまりよく出ていませんが
紫色で小さいながら存在感のある、上品な姿のとおりの名前です。
この子、夕方にはちゃんと花を閉じるんですよ…
さて、それから…庭にたくさんあるもの、といえば
この季節は果実の類。
梅や琵琶がそろそろ、楽しみになってきています。
ちなみに、さくらんぼは、この10日間で完全に鳥たちに食べつくされました。
今年は沢山なっていたので、ひとつくらい口に入るかとも
思ったのですが…やはり、だめでした。笑
さて、そういう果木もいいですが、下を見下ろせば
野生の甘酸っぱいものが、たーくさんあります。

もう一回り小さい、所謂ヘビ苺はあまり美味しくありませんが、
こちらの野いちご(クサイチゴというらしい)は実の大きさも1センチちょっとくらいあり、
味も濃く、甘く爽やかで とても美味しいのです。
庭仕事をしながら、わたしはよくつまんでいます。笑
そして、この果実、採って手のひらに乗せたときの色が
発光するかのように鮮やかで
本当に美しい赤なのです。
花も径3センチくらいあるピュアながらも存在感のある、いかにもバラ科らしい花。
昨日レッスンに来た男の子とお母さんにも、
庭を散歩しながらその実を 食べてもらいました。
美味しい!…って。よかった…
でも、草取りの時には、この棘が辛いんですよね。。。
うちは蔓延って(はびこって、ってこういう字なのね…)困るくらいありますから
このシーズンくらいは、食べることによって楽しませてもらいます。
(ネットで検索していたら 巷では、わざわざ苗の販売もしてるみたいです…夏場に茂みになったら、痛くてそのエリアには入れなくなるほどなのに、その注意事項は書いてなかったりする。笑)
もうひとつ、苺。
こちらは、先日の発表会で、生徒さんの小さな男の子が
私に とプレゼントしてくれたもの。

元々はマーガレットとの寄せ植えになっていたポットもので、
なんでも、せんせいのイメージ、だったのだそうで…
ちょっと照れくさいですが、嬉しくて、庭に植えかえました。
二週間前にはまだ実がついていなかったのに、昨日見たら増えてました。
食べちゃおっかな。。。
この後は、やはり抜かずにそっと放ってある
ハルジオン(ヒメジオン?区別の仕方を忘れてしまったわ…)が 庭の主になっていくのかな?
この季節に薔薇の殆ど無い、粗末な庭ですが…笑
実はバラの派手さにそんなに魅力を感じないタチで、
…美しいので人様のお宅にあるのを拝見するのは良いのですが、
自宅にあるのは、何だか疲れちゃう。
手入れも大変そうで、私のような放置タイプには 多分縁がない…
。
でも、こうして見ると、バラ科のものが沢山あります。
よく考えたら、梅も、桜も、さらにはイチゴも、全てバラ科ですよね…
この季節はバラ科の季節、とも言えるのかも。
野の花の存在とその名前に興味を持ち始めたのは
小学生のとき。
庭に出ては、スケッチをしました。
で、描くと、名前を知りたい、と想う。
そして…、中学生のときに ありったけの図書券を叩いて
野花・山野草の図鑑を買い、
それからは家や通学の電車の中で 毎日のように開いては名前を憶え…
何故そんなに野草花に執着したのかは、未だにわかりませんが
あの頃、憶えてよかったな、と今では折にふれ 想います。
そして 今でも、手入れの行き届いていることがよく判る清廉な庭より、
鳥が遊ぶ、ちょっと野山の中のような、雑草の揺れる庭が好きです。
鳥が来てくれる為には、彼らの好きな実のつく木も大事だし、
なにより、小さな体で脈拍の多い彼らを 驚かせないことが一番。笑
こんもり茂った庭木や
手入れを殆どしていない土や草、腐った枝葉の中の虫たちが、
彼らの巣作りの季節を支えてます。
放置しているようで、管理している…バランスを大事にしながら
色んな存在と仲良く過ごしたい…多様性を大事にする、なんて
最近はよく言いますよね。
でも、難しく捉えず、自分の中の野性的な感覚が気持ちよく居られる場所かどうか、が
キーのような気がします。
ノルウェーにある、グリーグの家の庭がそんな感じなのだけれど
彼も「手入れをしていないかのように、手入れしてください」と
庭師さんに頼んでいたそうです。
今人気のある処では、ターシャの庭が近いイメージでしょうか…
ターシャの庭ならぬ、岡田の庭は
あと十年位したら、きっともっと 濃くなっていくのではないかと
愉しみにしています。
…その頃は、今4つの生徒さんも、中学生
小学生の子は、成人なのね。。。
穏やかで優しい時間の流れる レッスン室のある森の中へ
どうぞいつでも 遊びにいらしてください。
レッスンがないときでも、遊びにいらしてください。
花たちが迎えてくれます。
昨日は奥浜名湖駅に到着するや否や
その場で鶯の声がお出迎え。
ホーッホケキョ、と透けるような美声。


うちまで来ると、花、花、花。
先日の発表会が雨だったのが本当に惜しまれるような
(あの時は芍薬が実は、見事に咲いていたんです…)
五月の薫りが麗しい季節です。
今年は蜜柑の花の咲くのも遅かったのですが
今は、ほろ苦い、いい香りがたちこめていて
ここにずっといると、贅沢なもので、気づかなくなってしまいます…。
まず、圧巻だったのはマーガレット。
この素朴な白い花は、ここの土によく合うのか、私が幼少の頃から
この季節の定番ですが、
家の建替えをしてからは、久し振りにお目見えしてくれました。

この原種のような大ぶりのマーガレットは
お店での売り物としては滅多にお目にかかれないので、意外に貴重。
そして、菊の仲間なので切花にも向いています。
花期もこれから梅雨時と長いので、欲しい方はお伝えくださいね。
これからは毎年、庭を埋め尽くすほどに増えて、咲いていくと思いますから
ご遠慮なく。
清楚なあやめ。去年植えたもので、ここでは二度目のお誕生日。

こちらは、もう十年以上、全く植えた覚えの無いところに
突然あったバラ。
どんな花が咲くのかわからずも、楽しみに、おそらく15年近く
放っておいたのです。
そうしたら…

こんなに可愛く美しい、小さな花。
これぞ、ワイルドローズ、野ばら ですね。
植えた覚えがない、といえば こちらも。。。

車の出入りに、ちょっとかすりそうな位置に生えてしまい
どうしたものかと思っては、
どうもマトモな庭木になりそうな姿に見えたので
そのままにしておいたら、こちらもこんなに可愛らしい小さな花が…。
何という植物なのでしょうか?
うちに何箇所か生えているシャリンバイに似ているけど、
それより葉が小さい…。(今調べたら、シャリンバイは種類が多いらしいし、日向の海岸によく自生するとあるので、きっとシャリンバイなんですね…車輪梅、葉が車輪のように出ているからだそう…これもそうよね。秋に黒い実がついたら、シャリンバイと確定ですね。)
きっと、鳥が運んだ種から生えたのでしょう。

ちなみに…シャリンバイは、バラ科だそうです。

こちらは、バイカウツギ…梅花宇津木。
昨年植えましたが、小さな苗が、1メートルほどの立派なものに育ってくれました。
木々たちというのは、そのサイズ感も手伝ってか 子どもを育てているみたいに可愛らしく想え、
だからこそ大きくなってくれるというのは、訳もなく嬉しいものなんですよ…。
脇には、夕化粧、なんていう艶やかな名前のピンクの草も寄り添うように咲いていました。
今はまだそんなに暑くないので、昼間でも咲いていますが
夏になると、本当に夕方咲くんですよ。彼女の写真はまた次回。
さてさて、白い花が多く、初夏らしさを覚えます。
緑の茂みの濡れたような若葉と、素朴な白い花のコントラストは
本当に美しいものだと想います。
先月までは黄色い花ばかりだったのに、いつの間にこんなに白い花ばかりに…!
月日の経つのは早いものですね。
そういえば、時折まざるピンクの野草
も可愛いです。
通常は一重のはずの、どうということのない
ムラサキカタバミのはず…なのに、ちょっと驚きつつ発見した八重咲き。
野草でも、ちょっと個性の強い変わり者君が
こうして時々混ざるんですね。初めて見たけど八重もなかなか綺麗です。
こちらも、どうということのない草の花ですが、
こうして群れ咲くとインパクトも有り、かわいらしいですね。
名前はご存知ですか?…

ニワゼキショウ…庭石菖といいます。
漢字にすると おや?と思うとおり、アヤメ科なんですって。
色があまりよく出ていませんが
紫色で小さいながら存在感のある、上品な姿のとおりの名前です。
この子、夕方にはちゃんと花を閉じるんですよ…

さて、それから…庭にたくさんあるもの、といえば
この季節は果実の類。
梅や琵琶がそろそろ、楽しみになってきています。
ちなみに、さくらんぼは、この10日間で完全に鳥たちに食べつくされました。
今年は沢山なっていたので、ひとつくらい口に入るかとも
思ったのですが…やはり、だめでした。笑
さて、そういう果木もいいですが、下を見下ろせば
野生の甘酸っぱいものが、たーくさんあります。


もう一回り小さい、所謂ヘビ苺はあまり美味しくありませんが、
こちらの野いちご(クサイチゴというらしい)は実の大きさも1センチちょっとくらいあり、
味も濃く、甘く爽やかで とても美味しいのです。
庭仕事をしながら、わたしはよくつまんでいます。笑
そして、この果実、採って手のひらに乗せたときの色が
発光するかのように鮮やかで
本当に美しい赤なのです。
花も径3センチくらいあるピュアながらも存在感のある、いかにもバラ科らしい花。
昨日レッスンに来た男の子とお母さんにも、
庭を散歩しながらその実を 食べてもらいました。
美味しい!…って。よかった…

でも、草取りの時には、この棘が辛いんですよね。。。
うちは蔓延って(はびこって、ってこういう字なのね…)困るくらいありますから
このシーズンくらいは、食べることによって楽しませてもらいます。
(ネットで検索していたら 巷では、わざわざ苗の販売もしてるみたいです…夏場に茂みになったら、痛くてそのエリアには入れなくなるほどなのに、その注意事項は書いてなかったりする。笑)
もうひとつ、苺。
こちらは、先日の発表会で、生徒さんの小さな男の子が
私に とプレゼントしてくれたもの。

元々はマーガレットとの寄せ植えになっていたポットもので、
なんでも、せんせいのイメージ、だったのだそうで…
ちょっと照れくさいですが、嬉しくて、庭に植えかえました。

二週間前にはまだ実がついていなかったのに、昨日見たら増えてました。
食べちゃおっかな。。。
この後は、やはり抜かずにそっと放ってある
ハルジオン(ヒメジオン?区別の仕方を忘れてしまったわ…)が 庭の主になっていくのかな?
この季節に薔薇の殆ど無い、粗末な庭ですが…笑
実はバラの派手さにそんなに魅力を感じないタチで、
…美しいので人様のお宅にあるのを拝見するのは良いのですが、
自宅にあるのは、何だか疲れちゃう。
手入れも大変そうで、私のような放置タイプには 多分縁がない…
。でも、こうして見ると、バラ科のものが沢山あります。
よく考えたら、梅も、桜も、さらにはイチゴも、全てバラ科ですよね…
この季節はバラ科の季節、とも言えるのかも。
野の花の存在とその名前に興味を持ち始めたのは
小学生のとき。
庭に出ては、スケッチをしました。
で、描くと、名前を知りたい、と想う。
そして…、中学生のときに ありったけの図書券を叩いて
野花・山野草の図鑑を買い、
それからは家や通学の電車の中で 毎日のように開いては名前を憶え…
何故そんなに野草花に執着したのかは、未だにわかりませんが
あの頃、憶えてよかったな、と今では折にふれ 想います。
そして 今でも、手入れの行き届いていることがよく判る清廉な庭より、
鳥が遊ぶ、ちょっと野山の中のような、雑草の揺れる庭が好きです。
鳥が来てくれる為には、彼らの好きな実のつく木も大事だし、
なにより、小さな体で脈拍の多い彼らを 驚かせないことが一番。笑
こんもり茂った庭木や
手入れを殆どしていない土や草、腐った枝葉の中の虫たちが、
彼らの巣作りの季節を支えてます。
放置しているようで、管理している…バランスを大事にしながら
色んな存在と仲良く過ごしたい…多様性を大事にする、なんて
最近はよく言いますよね。
でも、難しく捉えず、自分の中の野性的な感覚が気持ちよく居られる場所かどうか、が
キーのような気がします。
ノルウェーにある、グリーグの家の庭がそんな感じなのだけれど
彼も「手入れをしていないかのように、手入れしてください」と
庭師さんに頼んでいたそうです。
今人気のある処では、ターシャの庭が近いイメージでしょうか…
ターシャの庭ならぬ、岡田の庭は
あと十年位したら、きっともっと 濃くなっていくのではないかと
愉しみにしています。
…その頃は、今4つの生徒さんも、中学生
小学生の子は、成人なのね。。。

穏やかで優しい時間の流れる レッスン室のある森の中へ
どうぞいつでも 遊びにいらしてください。
2011年05月06日
122.発表会終了
5月1日、残念ながら雨でしたが
2月から正味二ヶ月間、皆で頑張って作り上げた
“空の音色第一回発表会”が無事 終了いたしました。
実は今回の発表会の開催について、私が個人的に意識目標としていた3点があり、
この全てが叶えられたことが とても嬉しかったので 記しておきます。
1.クラシック音楽を楽しむには、ホームコンサートという場が原点。
…アットホームな雰囲気の中でこそ、音楽に接近できる、と思っています。
近現代以降のスタイルである大きなホールで奏でられるものだけが、クラシック音楽では 全くありません。
クラシックが身近にあることの愉しさは、弾けることとセットになり、更に、自分と同じような奏者たちがたくさんそこにいてくれることによって、なお一層味わいが増します。人の集まる処での音楽。。。生演奏、食、お喋り の組み合わせのもつ、豊かな愉しさ。
人生の中で、音楽をする時間を愉しみとしてもつならば、ホームコンサートというものの存在がもっともっとクローズアップされていくとよいのでは、と思っています。
2.右手、運弓、ボウイングの基礎徹底をみる。
…このブログにも何度も書いて来ていますが、右手を上手に扱えない人に、上手い演奏は永遠に不可能。
どうしても、左手の方に意識が向きがちですが、右手の習得が成らないと、いつまでたっても音楽性に適う演奏は出来るようになりません。今回、持ち方までは未だ不徹底な出来でしたが(故に弓元が上手く使えず皆さん元の使用から逃げています)、まっすぐ運弓する、という点は全員クリアしていたと思います。素晴らしい!
3.演奏する、演奏を聴く、という視点でプロ奏者の実態に沿う発表会にする。
…発表会という場で、次々と出てきては弾く、そして、あぁ、失敗しちゃった…と後からうなだれて言うだけで終わってしまっては意味が無い。
発表会の意味、とは何なのか。
それは、ひとに聴かせる、という場面への練習であり、同時に 人の演奏を聴く、という場面の練習でなくては、と思っていた。
アマチュアであろうと、プロであろうと、その辺を学ぶことは 音楽をする、という人にとっての基本。
大人の生徒さんにありがちな、上がりについても、然り。上がってしまって実力の数割しか発揮できない、ということは単純に“練習不足”という漠然とした言葉で終わらせてはいけないと私は思っている。
上がらないために、どうい練習をすべきなのか、どんな雰囲気が必要なのか、そこにはちゃんとおさえておくべきポイントがある。
また、小さな子は、これから生演奏を聴く機会をもつようになるはずなので、その時に恥ずかしくないマナーを知って欲しかった。それには、自分も弾く、お友達も弾く、という場はとても意味がある。
皆、全員が、それぞれに上がりはしていても、演奏としてはきちんと安定しており、今までのレッスンの中でも一番佳い出来でした。
本当に素晴らしかったです!
本番で100%発揮できる、なんて そうそう簡単に出来ることではないのですから、今回聴いていて皆さん110%くらいになっていたことは、今後、自信のひとつにカウントしてもらいたい程のことだと思います。
何事も 一回一回が、小さな出来事の積み重ねで、
今回弾けたからといって、どう、というほどのことではない、という考え方もあると思います。
けれども、人生の長い時間の中で、本当に全力をあげて“たったの数分間”なのに、自分の全てを賭けるようにして何かに集中する、ということのもつ意義は、そう機会もあることではなく、
だからこそ とても深いものであったはずです。
ですから、そこから出た結果は、
自分の中でしっかり受け止めることによって 思っていた以上に、深い意味や感慨を残すものになるはずです。
ただ 努力した、とか 練習が足らなかった、という言葉にして遠い記憶にしてしまうのではなく、
それを今のうちにしっかりと自分の中にとどめて、これからのあらゆる生きる上での力に変換して頂きたいと 私は想っています。
そして、これを何度も何度も積み上げることから 最終的に生まれる、ものすごい力。。。
それこそが、自身を虚飾なく知ることに始まった本当の努力のたまものであり、
それこそが 生きる上で、色んなシーンで、自分の“自信”、自分への信頼感、をもつことに繋げてゆける材料になるのだと思うのです。
さて…発表会のあのシーン、このシーン、ビデオと写真にもしっかりとどめておきました。
ご希望を頂けばCD-ROMなどに焼きます。お申し出ください。
来年は、どんな企画方針でまた発表会をしようか…、終わった瞬間からすでに考え始めています。笑
今回の会の良かった点、改善すべき点、ちょと思ったこと、など
どうぞ生徒の皆さん どんどん岡田まで 是非ぜひ発言して下さい。
因みに、今回の経費は全てわたしが持ちますので会費は発生しません。
(カルテットさんたちの練習室代、楽譜送付代、お食事代、印刷費、など)
記念すべき第一回だった今年だけの、みなさんへのプレゼントにさせて下さい。
来年からは会費徴収にします。
それから…岡田のドジで、せっかく用意した参加賞をお渡しするのを忘れておりました。
次回以降のレッスンでお渡ししますね。(どうということのない、オマケ程度のお楽しみ品ですが。)
さぁ 来年に向けてまた一歩ずつ確実に、一緒に 歩んでいきましょう。
皆さんがこれから どれだけ上達するのか、
どれだけ 素敵なものを自分の中に蓄えてゆくのか、
今からもう、わたしはとても楽しみです。
たった数分間のための、毎日の実直な積み重ね…。
これからも どうぞ宜しくお願い致します…
最後になりましたが、アマチュアカルテットの”アンサンブルしようよ”のみなさん、
そしてチェロの中西みかさん、お礼も出来ない会だったのに、私の無理を聞いて下さり、
そして とてもいい演奏をして下さり ほんとうに ありがとうございました。
”アンサンブルしようよ”の皆さんには、今後の成長のための一日事件だったと思って頂ければ、幸いです。笑
そして、お花を用意して下さった堤さん、いつも美味しい手作りお菓子を持って聴きに来て下さる小崎さま、
いやいや、本当に皆さん、雨も忘れるような濃くて素敵な一日を ありがとうございました。
追伸;傘
のお忘れ物が数本ございます。預かっておりますのでお申し出ください。

下牧さんから頂いたグリーンローズ、綺麗でしたね…
2月から正味二ヶ月間、皆で頑張って作り上げた
“空の音色第一回発表会”が無事 終了いたしました。
実は今回の発表会の開催について、私が個人的に意識目標としていた3点があり、
この全てが叶えられたことが とても嬉しかったので 記しておきます。
1.クラシック音楽を楽しむには、ホームコンサートという場が原点。
…アットホームな雰囲気の中でこそ、音楽に接近できる、と思っています。
近現代以降のスタイルである大きなホールで奏でられるものだけが、クラシック音楽では 全くありません。
クラシックが身近にあることの愉しさは、弾けることとセットになり、更に、自分と同じような奏者たちがたくさんそこにいてくれることによって、なお一層味わいが増します。人の集まる処での音楽。。。生演奏、食、お喋り の組み合わせのもつ、豊かな愉しさ。
人生の中で、音楽をする時間を愉しみとしてもつならば、ホームコンサートというものの存在がもっともっとクローズアップされていくとよいのでは、と思っています。
2.右手、運弓、ボウイングの基礎徹底をみる。
…このブログにも何度も書いて来ていますが、右手を上手に扱えない人に、上手い演奏は永遠に不可能。
どうしても、左手の方に意識が向きがちですが、右手の習得が成らないと、いつまでたっても音楽性に適う演奏は出来るようになりません。今回、持ち方までは未だ不徹底な出来でしたが(故に弓元が上手く使えず皆さん元の使用から逃げています)、まっすぐ運弓する、という点は全員クリアしていたと思います。素晴らしい!
3.演奏する、演奏を聴く、という視点でプロ奏者の実態に沿う発表会にする。
…発表会という場で、次々と出てきては弾く、そして、あぁ、失敗しちゃった…と後からうなだれて言うだけで終わってしまっては意味が無い。
発表会の意味、とは何なのか。
それは、ひとに聴かせる、という場面への練習であり、同時に 人の演奏を聴く、という場面の練習でなくては、と思っていた。
アマチュアであろうと、プロであろうと、その辺を学ぶことは 音楽をする、という人にとっての基本。
大人の生徒さんにありがちな、上がりについても、然り。上がってしまって実力の数割しか発揮できない、ということは単純に“練習不足”という漠然とした言葉で終わらせてはいけないと私は思っている。
上がらないために、どうい練習をすべきなのか、どんな雰囲気が必要なのか、そこにはちゃんとおさえておくべきポイントがある。
また、小さな子は、これから生演奏を聴く機会をもつようになるはずなので、その時に恥ずかしくないマナーを知って欲しかった。それには、自分も弾く、お友達も弾く、という場はとても意味がある。
皆、全員が、それぞれに上がりはしていても、演奏としてはきちんと安定しており、今までのレッスンの中でも一番佳い出来でした。
本当に素晴らしかったです!
本番で100%発揮できる、なんて そうそう簡単に出来ることではないのですから、今回聴いていて皆さん110%くらいになっていたことは、今後、自信のひとつにカウントしてもらいたい程のことだと思います。
何事も 一回一回が、小さな出来事の積み重ねで、
今回弾けたからといって、どう、というほどのことではない、という考え方もあると思います。
けれども、人生の長い時間の中で、本当に全力をあげて“たったの数分間”なのに、自分の全てを賭けるようにして何かに集中する、ということのもつ意義は、そう機会もあることではなく、
だからこそ とても深いものであったはずです。
ですから、そこから出た結果は、
自分の中でしっかり受け止めることによって 思っていた以上に、深い意味や感慨を残すものになるはずです。
ただ 努力した、とか 練習が足らなかった、という言葉にして遠い記憶にしてしまうのではなく、
それを今のうちにしっかりと自分の中にとどめて、これからのあらゆる生きる上での力に変換して頂きたいと 私は想っています。
そして、これを何度も何度も積み上げることから 最終的に生まれる、ものすごい力。。。
それこそが、自身を虚飾なく知ることに始まった本当の努力のたまものであり、
それこそが 生きる上で、色んなシーンで、自分の“自信”、自分への信頼感、をもつことに繋げてゆける材料になるのだと思うのです。
さて…発表会のあのシーン、このシーン、ビデオと写真にもしっかりとどめておきました。
ご希望を頂けばCD-ROMなどに焼きます。お申し出ください。
来年は、どんな企画方針でまた発表会をしようか…、終わった瞬間からすでに考え始めています。笑
今回の会の良かった点、改善すべき点、ちょと思ったこと、など
どうぞ生徒の皆さん どんどん岡田まで 是非ぜひ発言して下さい。
因みに、今回の経費は全てわたしが持ちますので会費は発生しません。
(カルテットさんたちの練習室代、楽譜送付代、お食事代、印刷費、など)
記念すべき第一回だった今年だけの、みなさんへのプレゼントにさせて下さい。
来年からは会費徴収にします。
それから…岡田のドジで、せっかく用意した参加賞をお渡しするのを忘れておりました。
次回以降のレッスンでお渡ししますね。(どうということのない、オマケ程度のお楽しみ品ですが。)
さぁ 来年に向けてまた一歩ずつ確実に、一緒に 歩んでいきましょう。
皆さんがこれから どれだけ上達するのか、
どれだけ 素敵なものを自分の中に蓄えてゆくのか、
今からもう、わたしはとても楽しみです。
たった数分間のための、毎日の実直な積み重ね…。
これからも どうぞ宜しくお願い致します…

最後になりましたが、アマチュアカルテットの”アンサンブルしようよ”のみなさん、
そしてチェロの中西みかさん、お礼も出来ない会だったのに、私の無理を聞いて下さり、
そして とてもいい演奏をして下さり ほんとうに ありがとうございました。
”アンサンブルしようよ”の皆さんには、今後の成長のための一日事件だったと思って頂ければ、幸いです。笑
そして、お花を用意して下さった堤さん、いつも美味しい手作りお菓子を持って聴きに来て下さる小崎さま、
いやいや、本当に皆さん、雨も忘れるような濃くて素敵な一日を ありがとうございました。
追伸;傘
のお忘れ物が数本ございます。預かっておりますのでお申し出ください。
下牧さんから頂いたグリーンローズ、綺麗でしたね…

2011年04月28日
121.プログラム表紙、お披露目❤
先程、地下鉄二駅先のFEDEX-KINKO'Sへ行って、
プログラムを25部 完成させてきました。
最初は、おうちコピーで作っちゃうつもりだったのですが、
両面コピーだと裏が透けてしまうし
きちんとした装丁にしたら、とても素敵になりそうな気がしたので、
一部100円くらいで 明らかに、こうしてよかった!、というものに仕上がりました。
実物は、来て頂いた方のお楽しみですが…先着10部くらいかな?笑
今日は 表紙だけ、どうしても早く皆さんに見て頂きたくて
先走って公開しちゃいます!
じゃじゃ~ん

いや~、子供の絵はいいですね。。。
今回は「きらと」画伯のものですが。。。
来年は、また別の生徒さんに書いて頂くつもりで、
実は先日早々と、予約を済ませておきました。笑
この絵の他に、きらと画伯はもう一枚準備してくれました。
今回色のよく出る方を使いましたが、こちらもよかったので
ここに掲載します。

上から、500系、レールスター、ドクターイエロー なんだそうです。
下の駅は何処?と尋ねたら、「日本」だそうです。
早く皆さんに配りたいなぁ。。。
そうそう、実は裏表紙も楽しいんですよ!…これは内緒にして、当日のお楽しみです。

プログラムを25部 完成させてきました。
最初は、おうちコピーで作っちゃうつもりだったのですが、
両面コピーだと裏が透けてしまうし
きちんとした装丁にしたら、とても素敵になりそうな気がしたので、
一部100円くらいで 明らかに、こうしてよかった!、というものに仕上がりました。
実物は、来て頂いた方のお楽しみですが…先着10部くらいかな?笑
今日は 表紙だけ、どうしても早く皆さんに見て頂きたくて
先走って公開しちゃいます!

じゃじゃ~ん


いや~、子供の絵はいいですね。。。
今回は「きらと」画伯のものですが。。。
来年は、また別の生徒さんに書いて頂くつもりで、
実は先日早々と、予約を済ませておきました。笑
この絵の他に、きらと画伯はもう一枚準備してくれました。
今回色のよく出る方を使いましたが、こちらもよかったので
ここに掲載します。

上から、500系、レールスター、ドクターイエロー なんだそうです。
下の駅は何処?と尋ねたら、「日本」だそうです。
早く皆さんに配りたいなぁ。。。
そうそう、実は裏表紙も楽しいんですよ!…これは内緒にして、当日のお楽しみです。

2011年04月26日
120.もうすぐ発表会
毎日バタバタしていて、最近なかなか更新していません。
駄目ですねぇ。。。
さて、桜も終わり、新緑の季節。
そして、ゴールデンウィークが間近となりました。
“空の音色”では、記念すべき第一回の発表会を開催します。
一番小さな子は4歳、一番大きい大人?は50代半ば。
14時30分から夕方まで、ここに通われる生徒さんと、長く指導でお付き合いしてきたアマチュアカルテットの皆さんとの “コンチェルト風の共演”で(基本、今回はなんと!発表会に付きもののピアノ伴奏の独奏はありません。)
楽しく 意義深い一日にしたいと思っています。
また、プログラム作成
にも生徒さん達の協力と私の時間を注ぎ込み、所詮私の手作り仕上げではありますが、かなりプロ仕様を装った濃厚な内容のものを用意しました。楽しみにしていて下さい。
更に、カルテットの頼もしい助っ人として、ゲストに、
長くお付き合いさせて頂いている チェロの中西みかさん
をお招きしています。
生徒さん達の刺激にもなりますので、一般の方ものぞき見(のぞき聴き?)も歓迎致します。
(駐車場の空きスペースが厳しい状況なので、出来れば天竜浜名湖鉄道で
のんびりふらりとお越しください)
狭いレッスン室ですので 晴れることを祈りつつも、席の不足などあるかと思いますし、
難しい楽器故、まだまだ技術的に課題点を多く抱える演奏であることは間違いありませんが
そこはご勘弁下さい。その代わり…、
生徒さん達の毎日のたゆまぬ努力の過程、そのひとつの通過点
通過点故の、たったその瞬間にたった一度しか存在しえない演奏を聴きながら、
きっと、五月晴れの空のような、爽やかでアットホームな空気、
その中に…一人ひとりが精一杯生きてるっていいことだな、
そして そんなみんなとここで今一緒に居合わせたことって不思議な幸せだな…という想いを
愉しんで頂けるのではないかな、と想っています。。。
そう、教えている私自身も、そして誰もが、彼らの演奏と同じように、
“今”というものは 常に人生の通過点でしかないのですよね。。。
今はどんなに精一杯やっても納得のいくものがまだ作れていないけれど、次には
もっともっと良いものにして、いつか納得のいくものを作ってみせる!!という日々の連続。
音楽とか生演奏の時間芸術というものの魅力原点は、まさにそこにあると 私は思っています。
さて、発表会前に、もういちど、
ヴァイオリンの習得と演奏に私が必要だと考えている要点を書いておきます。
たった 二つです。
①基礎…ボウイングとスケール
②ハート…好奇心・探究心、共感する能力、自分にくじけない精神力
あと一週間を切りました
ここから本番の日までは、
楽器と毎日語らい、衣装や履物の準備をし、これまでしてきたことを
楽譜をあらためてていねいに見ながら振り返り、
焦らず、ペースを変えず、落ち着いて練習して下さいね
駄目ですねぇ。。。

さて、桜も終わり、新緑の季節。
そして、ゴールデンウィークが間近となりました。
“空の音色”では、記念すべき第一回の発表会を開催します。
空の音色 第1回発表会
2011年5月1日(日) 14:30~
三ケ日レッスン室
プログラム
春 全楽章(ヴィヴァルディ)、アリア(バッハ)、メリーさんのひつじ…他
岡田・中西とカルテットによるリベルタンゴなども予定しています。
※16時半の終了後は、自由参加の講評会を兼ね もちよりティータイムとなります。
2011年5月1日(日) 14:30~
三ケ日レッスン室
プログラム
春 全楽章(ヴィヴァルディ)、アリア(バッハ)、メリーさんのひつじ…他
岡田・中西とカルテットによるリベルタンゴなども予定しています。
※16時半の終了後は、自由参加の講評会を兼ね もちよりティータイムとなります。
一番小さな子は4歳、一番大きい大人?は50代半ば。
14時30分から夕方まで、ここに通われる生徒さんと、長く指導でお付き合いしてきたアマチュアカルテットの皆さんとの “コンチェルト風の共演”で(基本、今回はなんと!発表会に付きもののピアノ伴奏の独奏はありません。)
楽しく 意義深い一日にしたいと思っています。
また、プログラム作成
にも生徒さん達の協力と私の時間を注ぎ込み、所詮私の手作り仕上げではありますが、かなりプロ仕様を装った濃厚な内容のものを用意しました。楽しみにしていて下さい。
更に、カルテットの頼もしい助っ人として、ゲストに、
長くお付き合いさせて頂いている チェロの中西みかさん
をお招きしています。生徒さん達の刺激にもなりますので、一般の方ものぞき見(のぞき聴き?)も歓迎致します。
(駐車場の空きスペースが厳しい状況なので、出来れば天竜浜名湖鉄道で
のんびりふらりとお越しください)
狭いレッスン室ですので 晴れることを祈りつつも、席の不足などあるかと思いますし、
難しい楽器故、まだまだ技術的に課題点を多く抱える演奏であることは間違いありませんが

そこはご勘弁下さい。その代わり…、
生徒さん達の毎日のたゆまぬ努力の過程、そのひとつの通過点

通過点故の、たったその瞬間にたった一度しか存在しえない演奏を聴きながら、
きっと、五月晴れの空のような、爽やかでアットホームな空気、
その中に…一人ひとりが精一杯生きてるっていいことだな、
そして そんなみんなとここで今一緒に居合わせたことって不思議な幸せだな…という想いを
愉しんで頂けるのではないかな、と想っています。。。

そう、教えている私自身も、そして誰もが、彼らの演奏と同じように、
“今”というものは 常に人生の通過点でしかないのですよね。。。
今はどんなに精一杯やっても納得のいくものがまだ作れていないけれど、次には
もっともっと良いものにして、いつか納得のいくものを作ってみせる!!という日々の連続。
音楽とか生演奏の時間芸術というものの魅力原点は、まさにそこにあると 私は思っています。
さて、発表会前に、もういちど、
ヴァイオリンの習得と演奏に私が必要だと考えている要点を書いておきます。
たった 二つです。
①基礎…ボウイングとスケール
②ハート…好奇心・探究心、共感する能力、自分にくじけない精神力
あと一週間を切りました

ここから本番の日までは、
楽器と毎日語らい、衣装や履物の準備をし、これまでしてきたことを
楽譜をあらためてていねいに見ながら振り返り、
焦らず、ペースを変えず、落ち着いて練習して下さいね

2011年04月19日
119.チャリティーコンサートの報告
昨日、4月17日金山駅前、インターコモンでの
チャリティーコンサートでは、おかげざまで9万8千円の義援金を
集めることが出来ました。
来場し、募金して下さった皆様に、深く感謝いたします。
本当に、ありがとうございました。
わたしたち奏者も、何にどう協力していいのかわからない、という
胸の内のもやもやとした苦しさを、少しだけ、晴らせた想いです。
演奏は、ギャラを頂くのと同じか、もしかしたら
それ以上の結果になったと思います。
ノーギャラでメンバーに出演依頼する、というのは
とてもシビアなことなのですが、
今回はセカンドの森さん、ビオラの伊東さん、チェロの中西さん、
即座の快い回答を頂き、
彼女たちとだったからこそ、あの演奏が出来た、という
奏者としての喜びも、かなり深い演奏になりました。
また、遠方から、来て頂いたお客様も多くいて下さり
沢山の素敵なパワーを頂けたのもまた、有難い事実です。

とても綺麗に響く石作りのスペースで、
ここで弾かせて下さる機会を作って下さった
金山南活性化協議会さん、そしてクラシック名古屋さんにも
本当に、感謝しております。
ありがとうございました。

このメンバーとして今回最高に気持ちよく弾けた
バッハのイ短調コンチェルト、
春の爽やかな風のよう、とお褒めの言葉を頂いた
ピリオド奏法風のパッヘルベルのカノン、
皆さんの歌声と共に奏でることのできた
見上げてごらん夜の星を、
そして
偶然にも、
このコンサートの1曲目にあたる女性ばかりのわたしたち弦楽カルテットと、
ラスト、トリであった男性ばかりのサックスカルテットの
ホントの大ラスの1曲という両方で奏でられた
「情熱大陸」。。。
最後は他立ち見も出ての、大盛況だっと聞いて
とても嬉しく思いました。
(そのうち、音源もアップしたいものですが、操作がわかりませぬ…汗
誰か教えてください。。。
)
冷静さと、深い情熱とのバランス。
「ひと」として、同時に「ひとつの生物種」として
何が出来るか(あるいは、何をあえてしないか)、
これからの日本をあらためて考え、再生していく上で
この鮮烈なエネルギーの発露と、深い思考に支えられた冷静な推進力は
共にあってこそ、の とても大切な両の輪だと思います。
そして、わたしたち日本人には
それらの可能性をよりよい方向に向けて選別・選択する能力が十二分に在ると、
当然のように(笑) わたしは信じています。
みなさま、本当に素敵な時間を ありがとうございました。
生きている、というのは、辛いけれど
生きることを捨てきれないほどの、美しいものとの出会いを秘めています。
生の発露…春の息吹のような、まぶしく温かい光。
被災地に、このわたしたちの気持ちが、あの時の爽やかな温もりが
どうか届きますように。。。
チャリティーコンサートでは、おかげざまで9万8千円の義援金を
集めることが出来ました。
来場し、募金して下さった皆様に、深く感謝いたします。
本当に、ありがとうございました。
わたしたち奏者も、何にどう協力していいのかわからない、という
胸の内のもやもやとした苦しさを、少しだけ、晴らせた想いです。
演奏は、ギャラを頂くのと同じか、もしかしたら
それ以上の結果になったと思います。
ノーギャラでメンバーに出演依頼する、というのは
とてもシビアなことなのですが、
今回はセカンドの森さん、ビオラの伊東さん、チェロの中西さん、
即座の快い回答を頂き、
彼女たちとだったからこそ、あの演奏が出来た、という
奏者としての喜びも、かなり深い演奏になりました。
また、遠方から、来て頂いたお客様も多くいて下さり
沢山の素敵なパワーを頂けたのもまた、有難い事実です。
とても綺麗に響く石作りのスペースで、
ここで弾かせて下さる機会を作って下さった
金山南活性化協議会さん、そしてクラシック名古屋さんにも
本当に、感謝しております。
ありがとうございました。
このメンバーとして今回最高に気持ちよく弾けた
バッハのイ短調コンチェルト、
春の爽やかな風のよう、とお褒めの言葉を頂いた
ピリオド奏法風のパッヘルベルのカノン、
皆さんの歌声と共に奏でることのできた
見上げてごらん夜の星を、
そして
偶然にも、
このコンサートの1曲目にあたる女性ばかりのわたしたち弦楽カルテットと、
ラスト、トリであった男性ばかりのサックスカルテットの
ホントの大ラスの1曲という両方で奏でられた
「情熱大陸」。。。
最後は他立ち見も出ての、大盛況だっと聞いて
とても嬉しく思いました。
(そのうち、音源もアップしたいものですが、操作がわかりませぬ…汗
誰か教えてください。。。
)冷静さと、深い情熱とのバランス。
「ひと」として、同時に「ひとつの生物種」として
何が出来るか(あるいは、何をあえてしないか)、
これからの日本をあらためて考え、再生していく上で
この鮮烈なエネルギーの発露と、深い思考に支えられた冷静な推進力は
共にあってこそ、の とても大切な両の輪だと思います。
そして、わたしたち日本人には
それらの可能性をよりよい方向に向けて選別・選択する能力が十二分に在ると、
当然のように(笑) わたしは信じています。
みなさま、本当に素敵な時間を ありがとうございました。
生きている、というのは、辛いけれど
生きることを捨てきれないほどの、美しいものとの出会いを秘めています。
生の発露…春の息吹のような、まぶしく温かい光。
被災地に、このわたしたちの気持ちが、あの時の爽やかな温もりが
どうか届きますように。。。
2011年04月06日
117.4月17日金山チャリティーコンサートのお知らせ
日に日に陽差しが春めき、
あちこちの桜の花もほころび始めましたが、
東日本の状況に心休まることのない日々が続いています。
そのような中、この度 金山南活性化協議会さんの主催、
クラシック名古屋さんの協賛で、
「東日本大震災 チャリティークラシックコンサート」を催す運びとなり、
わたしも弦楽四重奏で出演させて頂くことになりました。
幸い東海地方の地震の揺れはここ暫く無いので、
これを機に、日曜日の午後、お友達と時には外出して頂き
少しでもみなさんの疲れた気持ちに、癒しを注ぐことが出来ればと 思っています。
名古屋東海地方で活躍するプロ演奏家から
クラシック名古屋さんのご尽力で、ノーギャラで7団体の有志が集まりました。
演奏場所は、金山総合駅南口の、ボストン美術館の一階ロビーです。
みなさんに出会うためには、
クラシックの音響には好環境ではあっても
あるいはピアノが何台も入るようなスペースであったとしても
そんなホールという箱の中では出来ない、
多くの方とのハートの出会いを求めて…の、結果です。
どうぞ皆様、お越しください。
募金箱の中に沢山のお金を入れて頂けるよう、
微力ながらも、プロとして最大限の熱意を持って
演奏に臨ませて頂きます。
あちこちの桜の花もほころび始めましたが、
東日本の状況に心休まることのない日々が続いています。
そのような中、この度 金山南活性化協議会さんの主催、
クラシック名古屋さんの協賛で、
「東日本大震災 チャリティークラシックコンサート」を催す運びとなり、
わたしも弦楽四重奏で出演させて頂くことになりました。
幸い東海地方の地震の揺れはここ暫く無いので、
これを機に、日曜日の午後、お友達と時には外出して頂き
少しでもみなさんの疲れた気持ちに、癒しを注ぐことが出来ればと 思っています。
東日本大震災チャリティークラシックコンサート
時:2011.4.17(日) 13:00~15:20
場所:金山南ビル1F インターコモン(ボストン美術館、ホテルグランコート名古屋 1Fロビー)
出演団体:
リート弦楽四重奏団(岡田和穂・森さとみ・伊東かおり・中西みか)
フルート・トリオ(日置智美・邊見亜矢・朝倉ゆき)
サクソフォン&ギター(森裕紀)
パーカッション(田口美郷)
ギター(ジェイソン・テイラー)
ハープ(神谷知佐子)
サクソフォン・カルテット(瀧彬友)
リート弦楽四重奏団のプログラム:
協奏曲第一番イ短調よりⅠ楽章(J.S.バッハ)、カノン(パッヘルベル) 他
…一団体の出演時間は20分程度の予定です。
※義援金は、中日新聞社会事業団を通じて、被災地に送金されます。
時:2011.4.17(日) 13:00~15:20
場所:金山南ビル1F インターコモン(ボストン美術館、ホテルグランコート名古屋 1Fロビー)
出演団体:
リート弦楽四重奏団(岡田和穂・森さとみ・伊東かおり・中西みか)
フルート・トリオ(日置智美・邊見亜矢・朝倉ゆき)
サクソフォン&ギター(森裕紀)
パーカッション(田口美郷)
ギター(ジェイソン・テイラー)
ハープ(神谷知佐子)
サクソフォン・カルテット(瀧彬友)
リート弦楽四重奏団のプログラム:
協奏曲第一番イ短調よりⅠ楽章(J.S.バッハ)、カノン(パッヘルベル) 他
…一団体の出演時間は20分程度の予定です。
※義援金は、中日新聞社会事業団を通じて、被災地に送金されます。
名古屋東海地方で活躍するプロ演奏家から
クラシック名古屋さんのご尽力で、ノーギャラで7団体の有志が集まりました。
演奏場所は、金山総合駅南口の、ボストン美術館の一階ロビーです。
みなさんに出会うためには、
クラシックの音響には好環境ではあっても
あるいはピアノが何台も入るようなスペースであったとしても
そんなホールという箱の中では出来ない、
多くの方とのハートの出会いを求めて…の、結果です。
どうぞ皆様、お越しください。
募金箱の中に沢山のお金を入れて頂けるよう、
微力ながらも、プロとして最大限の熱意を持って
演奏に臨ませて頂きます。
2011年03月16日
臨時:被災地の皆さん、歌を歌って下さい!
こんにちは。
東北太平洋沖地震被災地の皆様に、お見舞い申し上げます。
胸を締め付けられる思いで、毎日テレビを見ています。
今日は自分もさすがに精神的に持たない辛差を覚え始めてきて
臨時にブログをアップさせて頂きます。
寒い時、辛い時、怖い時こそ
是非 歌を歌って下さい。
人の声には自分たちを癒す高い効果があります

特に
お年寄り、子供さん、集まって歌を歌って下さい。
お母さんは子供さんに、お母さんの声で子守唄を歌って下さい。
今後動くためにはまず、気力の保持が大事です。
そして、心が温まると、身体も温まってきます。
じっと寒さに耐え、不安な状況をただ耐えてすごすより
どうか 歌を歌って下さい。
ピアノやギターがそこにある場合は
どんどん弾いて下さい!
非常時に娯楽なんて、という考え方ではなく、
歌はひとにとって大きな力があることを
演奏家であるわたしはよく知っています。
今はそこへ行って演奏することもままなりませんが、
皆さんには声と言う素晴らしい楽器があります。
直接の被害の無かった方でも、
東日本の報道と、余震に
精神的に不安定になっている方は沢山いると思います。
カラオケの設備など無くてもいいのです、
思い切り声を出して下さい!
ぜひ、歌を歌って下さい!!!
東北太平洋沖地震被災地の皆様に、お見舞い申し上げます。
胸を締め付けられる思いで、毎日テレビを見ています。
今日は自分もさすがに精神的に持たない辛差を覚え始めてきて
臨時にブログをアップさせて頂きます。
寒い時、辛い時、怖い時こそ
是非 歌を歌って下さい。
人の声には自分たちを癒す高い効果があります


特に
お年寄り、子供さん、集まって歌を歌って下さい。
お母さんは子供さんに、お母さんの声で子守唄を歌って下さい。
今後動くためにはまず、気力の保持が大事です。
そして、心が温まると、身体も温まってきます。
じっと寒さに耐え、不安な状況をただ耐えてすごすより
どうか 歌を歌って下さい。
ピアノやギターがそこにある場合は
どんどん弾いて下さい!
非常時に娯楽なんて、という考え方ではなく、
歌はひとにとって大きな力があることを
演奏家であるわたしはよく知っています。
今はそこへ行って演奏することもままなりませんが、
皆さんには声と言う素晴らしい楽器があります。
直接の被害の無かった方でも、
東日本の報道と、余震に
精神的に不安定になっている方は沢山いると思います。
カラオケの設備など無くてもいいのです、
思い切り声を出して下さい!
ぜひ、歌を歌って下さい!!!

や個人宅
